7月29日、The Next Webが「Why the Starbucks AI inventory tool failed at full scale」と題した記事を公開した。スターバックスが全米1万1,300店舗に展開したAI在庫管理ツールがわずか数カ月で廃止された経緯と、その影響を被ったスタートアップの実態について詳しく紹介されている。
パイロットではなく、本番展開で失敗した
エンタープライズAIの失敗談は「パイロット段階で頓挫した」という形が多い。しかしこのケースは違う。スターバックスのAI在庫管理ツール「Automated Counting」は、2025年9月末までに北米の全1万1,300店舗に展開済みだった。それが翌年5月18日には完全廃止されている。
本番展開後に失敗したことで、損失規模は桁違いになった。関係者の見積もりでは、このプログラムに数年間で1,000万ドル超が費やされた可能性がある。
ツールを開発したのは、ワシントン州レドモンドを拠点とするNomadGo(社員30人のスタートアップ)。4月3日、スターバックスはNomadGoに対してツールの廃止を通告した。その後数日以内に、スターバックス担当の技術チームを含む大規模なレイオフが実施された。スターバックスが自社のバリスタに廃止を伝えたのは廃止通告から6週間後——逆算すると5月中旬となり、廃止日の5月18日と概ね一致する。
NomadGoのCEO、David Greschler氏は「リーダーシップと戦略が変われば、どうにもできない」と述べ、決定は完全な驚きだったと語った。
実際に何が壊れていたか
技術的な失敗の原因は、AIモデルそのものではない。NomadGoのコンピュータービジョンは制御環境でのテストで99%の精度を達成しており、ローンチ発表時には「手動カウントの最大8倍速」を謳っていた。
問題は、現場の物理的な環境だった。
シアトル近郊の店舗では、シフトスーパーバイザーがiPadをスチール製冷蔵庫に向けたところ、カメラが映り込みを拾い、オーツミルク5パックが10パックとして認識された。別の店舗ではミルクの種類を誤認識し、シロップを取り違え、ある写真では「ゴミ箱を食品」としてカウントした。
テキサス州グラハムの店舗では別の問題が起きた。不安定なWi-Fiにより途中でカウントが消え、しかも管理職が手動カウントを禁止していたため、使えるデータがゼロになった。
本質的な問題:変化し続ける在庫とレガシーシステム
Greschler氏が挙げる構造的な課題はより深い。コンピュータービジョンは「在庫そのものが変化し続ける環境」に弱い。
スターバックスは季節ごとのカップや期間限定パッケージを頻繁に投入する。それに対応するためのモデルの再学習には最大6週間かかることがあり、NomadGoの開発者が新商品の存在を知るのが、棚に並んでから、という事態も起きていた。
加えて、スターバックスのバックエンドは1990年代製のIBM AS/400というレガシーシステム上で動いていた。IBM AS/400はIBMが1988年に発表したミッドレンジサーバーで、堅牢性の高さから小売・流通業を中心に今なお現役で使われているが、現代的なAPIやリアルタイムデータパイプラインとの統合は容易でない。現代のAIツールが前提とするリアルタイムデータ連携とは、根本的に相性が悪い環境だ。
CTO交代が引き金か
Greschler氏は「リーダーシップの変化」を廃止の理由に挙げたが、具体名は出さなかった。タイムラインを見ると、ある符合が浮かぶ。
ツールの全店舗展開完了を宣言したNomadGoのローンチリリース(2025年9月3日)には、当時のスターバックスCTO、Deb Hall Lefevre氏がコメントを寄せていた。彼女は9月29日、ロールアウト完了と同月に辞任。12月にAmazon出身者が後任として採用された。
ツールは、それを推進したエグゼクティブスポンサーよりも約6カ月長く生き延びたことになる。
失敗のコストは誰が払うか
スターバックスは廃止直前の2月、Reutersが誤カウント問題を報じた際に「導入により商品の可用性が向上した」と公式にツールを擁護していた。その約8週間後、NomadGoへの廃止通告が来た。
スターバックスの広報担当者はGeekWireに「私たちはテクノロジーを人間のつながりを支えるために使う。期待に届かなかった際にはフィードバックを聞いて方針を変えた」と述べ、コーヒーハウスへの人員強化に5億ドルを投じていることも言及した。
なお、スターバックスはバリスタ向けの「Green Dot Assist」や顧客向けのChatGPT統合など、他のAI活用は継続している。
一方で、元記事が指摘する点は厳しい。1万1,300サイトで展開されたツールの失敗コストを吸収したのは、社員30人の会社だった。大企業が方針を変えたとき、そのコストが誰に転嫁されるか——この問いに、今回の事例は一つの答えを示している。
詳細はWhy the Starbucks AI inventory tool failed at full scaleを参照していただきたい。