7月28日、Ciscoが「From AI Experiments to 90% Adoption: How Cisco Operationalized AI at Scale」と題した記事を公開した。CiscoがAI実験フェーズから社内採用率90%達成に至るまでの実践的なアプローチを、信頼できるデータ基盤・セキュアなプラットフォーム・ワークフローの再設計という3軸で詳述した内容だ。
「AIを実験から本番運用へ」——多くの企業が掲げるこの目標に対し、Ciscoは具体的な成果を出している。その方法論は、AI導入に悩む組織にとって参考になる部分が多い。
シャドーAIとの戦い——「禁止」ではなく「代替」を選んだ
記事の中で最も実践的な示唆を含むのが、シャドーAI(Shadow AI)への対処法だ。シャドーAIとは、企業のIT部門が把握・承認していないAIツールを従業員が独自に業務利用する現象を指す。セキュリティリスクやデータ漏洩の温床になりやすく、多くの企業が頭を抱える問題である。
生成AIが登場した当初、Ciscoでも従業員が個人向けのAIツールを業務に使い始める動きがあった。多くの企業が「禁止」の方向で対応する中、Ciscoは逆の判断をした。
「止めようとするか、より良い代替手段を提供するか。我々は後者を選んだ。」(元記事より意訳)
この判断から生まれたのが、社内プラットフォーム「Circuit」だ。セキュアで、複数のAIモデルを単一の画面から利用でき、企業データとの接続、プロンプト・エージェントの共有・構築まで一元化している。設計思想は3点に集約されている:
- Secure:企業データを扱えるだけのセキュリティと、Responsible AIポリシーへの準拠
- Compelling:タスクに応じた最適なモデルを選べる使い勝手
- Extensible:チームが独自のプロンプト、コネクタ、エージェントを構築・共有できる拡張性
ここで言うResponsible AIとは、AIの利用において公平性・透明性・説明責任・プライバシー保護といった原則を組織レベルで担保する考え方だ。Ciscoは単に「使えるプラットフォーム」を提供するだけでなく、こうした原則をCircuitの設計に組み込むことで、ガバナンスと利便性を両立させた。
結果として、Circuitは**10万人以上のユーザー、従業員採用率90%**に到達した。採用を強制したわけではない。「使いやすく、安全で、試しやすい」状態を作ったことで、自然に広がったとCiscoは説明している。
なお、2025 Cisco AI Readiness Indexによれば、従業員のAI移行に向けた正式な計画を持つ組織は全体の33%にとどまる。Ciscoはこの状況を早期に認識し、独自の道を歩んだ形だ。
タスクの改善ではなく、ワークフローの再設計
もう一つの核心が「AI-native」という考え方だ。AI-nativeとは、既存プロセスにAIを後付けで組み込むのではなく、AIの利用を前提としてプロセスやシステムをゼロから設計するアプローチを指す。Ciscoが強調するのは、既存の10ステップのプロセスをAIで各ステップを効率化するのではなく、プロセス全体をゼロから再設計するという発想の転換である。
具体的な数字として、以下が挙げられている:
- 2万1,000人以上のCiscoエンジニアがAIコーディングツールを利用
- そのうち80%以上が毎週利用
- エンジニアは平均週6時間を削減、その他の従業員も平均週5時間を削減
時間の節約だけでなく、「情報を探す・システム間を移動する」という摩擦そのものが減ったことが、より本質的な効果だとCiscoは述べている。
次のフェーズ——エージェント型AIへ
Ciscoが次のステップとして見据えるのがAgentic AI(エージェント型AI)だ。Agentic AIとは、ユーザーの質問に答えるだけにとどまらず、複数のツールやシステムを横断しながら自律的にタスクを実行・完了まで推進できるAIを指す。「Copilot」的な補助役から、実際に作業を進める「エージェント」への移行と捉えると分かりやすい。
エージェント型AIが機能するには、単にモデルの性能だけでなく、信頼できるデータ、セキュアなアクセス、企業コンテキストの整備、そして明確なガバナンスが不可欠だ。Circuitのような基盤を先行して構築してきたことが、この次フェーズへの移行をスムーズにする布石になっているとCiscoは位置づけている。
また、自律性の設計についてCiscoは慎重なスタンスを示している。「最大限の自律性を目指すのではなく、タスクに応じた適切な自律性が目標だ」という姿勢は、AIエージェントの誤動作リスクやコンプライアンス要件を意識した実務的な判断といえる。シャドーAI対策でも見せた「禁止より設計」という思想が、エージェント導入においても一貫している。
Ciscoが導き出した結論はシンプルだ。「AIから最も価値を引き出す組織は、必ずしも最初に採用した組織ではない。最もうまく運用化した組織だ」——この視点は、現在AI導入を進める多くのエンジニアリング組織に刺さる言葉である。
詳細はFrom AI Experiments to 90% Adoption: How Cisco Operationalized AI at Scaleを参照していただきたい。