7月27日、NVIDIAが「NVIDIA Nemotron 3 Ultra Leads Open Models on Accuracy and Efficiency in Agentic RTL Coding」と題した記事を公開した。この記事では、NVIDIAのLLM「NVIDIA Nemotron 3 Ultra」がチップ設計向けのRTLコーディングエージェントにおいてオープンモデル最高水準の精度とトークン効率を達成したことについて詳しく紹介されている。
RTLコーディングにLLMエージェントを使う、という挑戦
RTL(Register Transfer Level)とは、デジタル回路の動作をクロックサイクル単位で記述する設計抽象レベルであり、半導体設計の中核をなす。Verilogなどの言語で記述されるが、正確な動作には時間的な振る舞いの精密な表現が求められ、バグの多くはシミュレータやリントツールといったEDA(電子設計自動化)ツールを実行して初めて発覚する。
つまりRTLコーディングは、「仕様書からコードを一発で生成する」タスクではない。仕様の読み取り、既存モジュールの理解・再利用、シミュレーション失敗の解析、バグ修正の繰り返し——これは本質的にエージェント的なワークフローだ。
ACE-RTLエージェントとの組み合わせで何が起きたか
今回の評価では、論文ACE-RTL: When Agentic Context Evolution Meets RTL-Specialized LLMsで提案されたACE-RTLエージェントを使用している。このエージェントは3つのコンポーネントで構成される:
- Generator:RTLコードを生成・更新する
- Reflector:シミュレーション結果を解析し、根本原因を特定して修正方針を提示する
- Coordinator:イテレーション間でデバッグコンテキストを管理し、次の生成試行に何を引き継ぐかを決定する
この「生成→テスト→振り返り」のループにより、同じ失敗を繰り返すのではなく、前回の失敗を踏まえた改善が可能になる。
評価に使ったベンチマークはCVDP(Comprehensive Verilog Design Problems)。RTL生成・修正・デバッグ・検証といった実際の設計業務に即した9カテゴリで構成される(コード補完、自然言語仕様からのRTL生成、コード修正、モジュール再利用、リント/QoR改善、テストベンチ生成、アサーション生成、デバッグなど)。
数字で見るNVIDIA Nemotron 3 Ultraの優位性
同じACE-RTLエージェントのバックエンドをGLM 5.2(Zhipu AI開発のMoEモデル)、Kimi K2.6(Moonshot AI開発のMoEモデル)、NVIDIA Nemotron 3 Ultraの3モデルで差し替えて比較した結果が以下だ。
| モデル | 平均パス率(ACE-RTL使用時) | 1イテレーションあたりの平均トークン数 |
|---|---|---|
| GLM 5.2 | 92.1% | 9,156 |
| Kimi K2.6 | 95.2% | 22,579 |
| NVIDIA Nemotron 3 Ultra | 97.1% | 6,629 |
NVIDIA Nemotron 3 Ultraは精度が最高でありながら、トークン使用量が最少という結果だ。GLM 5.2比で約28%少なく、Kimi K2.6比では約71%少ない(約3分の1以下)。
なお、エージェントなしの単体モデルとして評価した場合、NVIDIA Nemotron 3 Ultraは65.7%だったものが、ACE-RTLと組み合わせることで**100.0%**に到達している(GLM 5.2は44.0%→94.3%、Kimi K2.6は68.6%→97.1%)。※この100.0%はCVDPベンチマーク内の特定カテゴリにおける結果であり、全カテゴリの単純平均ではない点に注意されたい。
RTLエージェントの文脈では、イテレーションを重ねるほどコンテキストが膨らむ。仕様、モジュールコード、生成済みRTL、シミュレータ出力、過去の修正試行——これらがすべてコンテキストに積み重なるため、トークン効率の高いモデルはそのまま推論コストの削減に直結する。
NVIDIA Nemotron 3 Ultraのアーキテクチャと学習
NVIDIA Nemotron 3 Ultraは、総パラメータ数550B・アクティブパラメータ数55BのMoE(Mixture-of-Experts)ハイブリッドMamba-Attentionモデルだ。20兆トークンで事前学習され、コンテキスト長は最大100万トークンに拡張されている。MoEによる精度向上とMamba-Attentionによるアテンションコスト削減の組み合わせにより、他のオープンモデルと比較して最大5倍のスループット向上と30%のコスト削減を実現するとされる。
RTL特化の能力は、ACE-RTL論文で提案された合成データ生成(SDG)パイプラインによるファインチューニングで獲得している。公開リポジトリからフィルタリングした高品質なRTLシード設計を出発点に、以下の3種類の学習タスクを生成した:
- 仕様→RTL生成:自然言語仕様とRTL実装のペア
- コード編集:シード設計を簡略化したものを入力とし、完全実装を正解とするペア
- デバッグ:FSM遷移の誤り、ハンドシェイク/タイミング違反などの典型的なバグをシードに注入し、診断情報(観測された失敗挙動や信号不一致)を含む仕様と対応させたペア
特にデバッグタスクの学習が重要で、エージェントが実際に直面する「前回のコードと失敗テスト結果を踏まえた修正」と同じ構造の問題をトレーニング時に経験させている。生成サンプルは構文チェック、ベンチマークデコンタミネーション、LLM-as-judgeによるルーブリックスコアリングを経てフィルタリングされる。
既存EDAツールとの統合
NVIDIA Nemotron 3 UltraはオープンモデルとしてHugging Faceで公開されており、既存のEDAツールとの統合も進んでいる。
- **Cadence**:ChipStack AI SuperAgentとの統合により、RTL生成・テストベンチ作成・回帰テスト・デバッグを横断したエージェント的オーケストレーションを実現。デジタル実装のInnoStack、カスタム/アナログのViraStack、PCB/パッケージングのAuraStackにも展開予定。
- **Siemens**:Questa One Agentic ToolkitおよびFuse EDA AI Agentとの統合。5〜10倍のトークン効率での長時間自己検証エージェント動作を目指す。
- Synopsys AgentEngineer:マルチエージェントによる自律的な検証クローズを実現し、手動検証作業を数週間から数時間に短縮するとされる。
詳細はNVIDIA Nemotron 3 Ultra Leads Open Models on Accuracy and Efficiency in Agentic RTL Codingを参照していただきたい。