7月26日、Futurismが「AI Companies Are Buying Antique Books, Ingesting Their Contents to Train Models, and Then Destroying Them at Incredible Scale, Even If Almost No Copies Remain」と題した記事を公開した。この記事では、AI企業が希少な古書を大量購入してモデルの学習に使用した後、物理的に廃棄している実態について詳しく報告されている。
「世界最高のAI学習データは棚の上にある」
AI企業が学習データを確保するために取ってきた手段は、これまで主にデジタルテキストの収集だった。Metaは海賊版の電子書籍を無断利用したと非難されており、AnthropicはAuthors Guildら著者グループから著作権侵害で提訴されている(本稿執筆時点で訴訟は継続中であり、和解の成否・条件については未確定の部分がある)。
だが今、別の手口が業界に広がっている。物理的な紙の本を大量購入し、裁断・スキャンして学習データ化した後、本体を廃棄するという手法だ。
Anthropicの事例は訴訟の過程で明らかになった一例だ。同社は書籍の転売業者から大量の本を調達し、油圧式裁断機でページを切り離してから業務用スキャナーで取り込んでいたとされる。同社側は法的根拠として「ファースト・セール・ドクトリン(first-sale doctrine)」——購入した物品を自由に使用できるという著作権法上の原則——を主張しており、デジタルコピーの再配布ではなく「変換的利用(transformative use)」にあたるとも論じている。ただし、フェアユースの適用が裁判所に最終的に認められたかどうかは元記事の範囲では確認できず、訴訟の行方は引き続き注目される。
なお、こうした手法を実践しているのはAnthropicに限らない。元記事によれば、同様の大量購入・廃棄は複数のAI企業で広がっているとされており、特定企業だけの問題ではなく業界横断的な慣行として捉える必要がある。
なぜ「古い紙の本」なのか
この手法が今なぜ注目されているのか、には明確な理由がある。
ウェブ上のテキストデータは、ChatGPTなどLLMの普及以降、AI生成コンテンツで急速に汚染されている。2022年以前に出版された紙の本は、構造的にAI生成文章を含まないことが保証される。これは学習データの品質という観点から、純粋に価値が高い。
書籍データベースサービス「ISBNdb」はこの点をセールスポイントとして打ち出している。「世界最大の書籍データベース」を標榜する同サービスは、自社サイトで次のように説明している。
「LLM以前の印刷物は、この汚染から構造的に自由であることが保証されている。それだけで大きなアドバンテージだ。2022年以前に出版された物理的な書籍は、現代の汚染ツールから構造的にクリーンである」
もともと図書館や書店向けに書籍の検索・流通支援を行っていたISBNdbは、現在では1,000冊から100万冊の単位でのバルク購入をAI企業向けに仲介している。さらに「購入者の匿名性を維持する」ことも明示的に約束している。
同サービス自身も、この慣行の問題点を認識している。
「見た目の問題は現実だ。『AI企業が200万冊の本を廃棄』という見出しは、同情を集めない」
希少本・絶版本まで消える可能性
問題がより深刻なのは、廃棄される書籍の中に希少本や絶版本が含まれている点だ。
ある小規模な書籍販売業者は、今年4月から突然週に数百冊単位の注文が入るようになったと証言している。注文のパターン——ランダムな選書、全冊ISBNあり——からAI企業による購入だとほぼ確信しているという。在庫には海外や外国語の希少本も多く含まれており、残存コピーがほとんどない本が廃棄されている可能性がある。
この業者は複雑な心境をこう語っている。
「個人的には複雑な思いがある。財政的なメリットはあるし、売れ残っていた在庫が捌ける。だが、用途は好ましくないし、希少な本が断裁されているのも好きになれない」
同様の状況はオランダでも報告されており、希少本の販売業者がAI企業による大量購入とみられる注文に直面していると、現地メディアが伝えている。ただし購入者の特定はできないため、業者側はあくまで推測の域を出ない。ISBNdbのようなサービスが購入者の匿名性を担保しているためだ。
法的には「合法」だが、問われるのはその先
現時点では、この手法は米国の法解釈上は合法とされている。物理的に購入した書籍を裁断・スキャンする行為そのものは、ファースト・セール・ドクトリンを根拠に正当化されやすく、直ちに訴追されるような性質のものではない。
しかし、文化的・社会的な議論はこれから本格化するとみられる。著作権侵害の有無とは別に、物理的にほぼ唯一の形で残っている文化財が商業的な理由で永久に失われるという事態は、法律論の外側にある問いを突きつけている。図書館や文書館が担ってきた「文化の保存」という機能が、市場原理によって静かに侵食されている、という見方もできる。
また、匿名性を売りにした仲介業者の存在は、こうした慣行の可視性をさらに下げている。誰がどの本を購入し、何冊が廃棄されたのか——その全体像は、現状では把握のしようがない。ISBNdb自身が「見た目の問題は現実だ」と認めているにもかかわらず、サービスとして継続しているという事実は、業界全体が抱える透明性の問題を象徴している。