7月24日、Dataconomyが「The next decade won't belong to AI companies, it will belong to companies that become AI-native」と題した記事を公開した。次の10年で競争優位を握るのはAIモデルを開発する企業ではなく、業務全体をAIネイティブに再設計した企業だ——これがインタビューに答えたDmitry Khanov氏の中心的な主張である。「技術は拡散する。優れたオペレーションシステムははるかに模倣しにくい」という一言が、論考の核心を端的に示している。
インタビューに答えているのは、ウクライナのメドテック企業Allbionicsの共同創業者であり、投資ファンドTalentir Capitalを通じて投資家としても活動するDmitry Khanov氏だ。ソフトウェア、デジタルインフラ、インターネットプラットフォームなど複数の業界で20年以上にわたって企業の構築・スケール・買収を経験してきた、いわゆる「オペレーター兼投資家」——事業運営と資本配分の両方を自ら担う実践者——である。本記事はあくまでKhanov氏個人の見解に基づくインタビュー記事であり、業界コンセンサスを代表するものではない点に留意されたい。
なお、記事中で頻出する「AIネイティブ」とは、既存業務にAIを後付けするのではなく、AIを前提としてプロセス・組織・意思決定の仕組みをゼロから設計した状態を指す。
「馬車に電動モーターを積む」のか、「自動車を設計する」のか
Khanov氏が最も鋭く問題提起するのが、AIの使い方の質的な違いだ。
「成功している企業は『どこにAIを使えるか?』とは聞かない。『今日この会社を立ち上げるとしたら、このプロセスをどう設計するか?』と聞く」
ほとんどの企業が既存のワークフローをAIで最適化しようとしているのに対し、AIネイティブな企業はプロセスをゼロから再設計する。この違いを氏は「馬車に電動モーターを積む」対「自動車を設計する」と表現している。前者は効率化にとどまり、後者は事業経済性そのものを書き換える、というのが氏の論点だ。
自身が関わるソフトウェア・デザインスタジオTrinetixでも、クライアントとの会話は「ソフトウェアをどう作るか」から「組織をどうAIネイティブに変えるか」へとシフトしているという。Trinetixはウクライナ発のプロダクト開発・UX企業で、エンタープライズ向けのデジタル変革を手がけている。
「AIそのものが競争優位」という思い込みへの反論
業界が最も誤解しているポイントとして、Khanov氏は「AIモデル自体が競争優位になる」という前提を挙げる。
モデルは改善され続け、よりアクセスしやすくなる。競争優位の源泉になるのは、自社固有のデータ、オペレーションの実行力、組織の学習能力、そして自己再設計のスピードだ、というのが氏の立場だ。「技術は拡散する。優れたオペレーションシステムははるかに模倣しにくい」という一言が端的にその主張を表している。
言い換えれば、GPT-4oやClaude、Geminiといったフロンティアモデルは誰でも使える汎用インフラになりつつある。差別化の余地はモデルの選択ではなく、そのモデルをどんな業務フローと組織設計のなかで使いこなすかにある、というのが氏の見立てだ。
AIを「買収戦略」として使う
投資家としての視点で、氏がユニークな切り口を示すのがAI×M&Aの話だ。
歯科・不妊治療クリニックのネットワークを買収する例を挙げる。従来の投資家は稼働率やEBITDA(利払い・税引き・償却前利益:企業の営業キャッシュ創出力を示す指標)に注目する。しかし氏が問うのは「今日この事業をAIを中心に設計したらどうなるか」だ。
具体的には:
- 患者獲得をAI主導の高度にパーソナライズされたプロセスに
- スケジューリング・文書作成・請求を大幅に自動化
- 経営判断を月次レポートではなくリアルタイムデータで支援
同じクリニック、同じ医師、同じ需要でも、オペレーションモデルを再構築するだけでまったく異なる事業経済性を実現できる、という論理だ。「次世代のM&Aはアセットを買うのではなく、オペレーション変革の機会を買うものになる」と氏は述べている。
最初に手をつける3つのプロセス
既存企業を買収した翌日、最初にAIで再設計するプロセスとして氏が挙げるのは以下の3つだ:
- 社内ナレッジマネジメント:ほとんどの組織は必要な知識を既に持っている。ただ効率よくアクセスできていない。暗黙知の検索・整理・共有をAIが担うことで、組織の意思決定速度が根本から変わる。
- カスタマーサポートと顧客オペレーション:単なる自動化ではなく、インテリジェントなルーティング・優先付け・意思決定支援。顧客接点の質と処理速度を同時に高める領域だ。
- マネジメントレポーティング:経営陣が情報収集に費やす時間を削減し、意思決定の時間を最大化する。月次の後追い報告からリアルタイムの経営ダッシュボードへの転換が焦点となる。
ロボティクスへの視点
ジェネレーティブAIの次の波として語られることの多いロボティクスについて、氏は「今日のAIがデジタルワークを自動化しているように、次はAIが物理世界に入ってくる。その手段がロボットだ」と述べる。Tesla OptimusやFigure AIといったヒューマノイドロボット企業への注目を示しつつ、「最大の機会はロボット自体ではなく、ロボットを中心に再設計されるビジネスや産業にある」という立場を取る。
製造・物流・ヘルスケアといった現場作業の多い産業では、デジタル変革の波がいまだ限定的にしか及んでいない。そこにAI駆動のロボティクスが組み合わさることで、オペレーション再設計の対象領域は一気に広がるという見方だ。
変革の阻害要因は技術ではなく組織
氏は楽観と現実主義の両面を持つ。「技術は指数関数的に進化する。組織はそうではない」と明言する。制約要因はAIではなく、経営・インセンティブ・文化・数十年続いてきたプロセスを再設計する意志だと指摘している。
特に変革の余地が大きい業界として、プロフェッショナルサービス、ヘルスケア、その他のサービス産業など、数十年前に設計されたワークフローに依存したままの知識集約型産業を挙げている。これらの業界では、AIの導入そのものよりも「どう問いを立て直すか」が先決だ、というのが氏の一貫したメッセージだ。
詳細はThe next decade won't belong to AI companies, it will belong to companies that become AI-nativeを参照していただきたい。