7月26日、Inside AI News が「Anthropic Finds No AI Job Apocalypse Yet as Productivity Lags」と題した記事を公開した。この記事では、Anthropic自身の調査が示す「AIによる雇用破壊はまだ起きていない」という実態と、生産性向上が依然として限定的にとどまっている現状について詳しく紹介されている。
「AIは仕事を奪う」はずだったが、データが示す現実
AIが雇用を大規模に破壊するという予測は、今のところ現実になっていない。
Anthropicが公表した分析レポートによれば、2022年末以降、AI活用に高度にさらされている職種の失業率に系統的な上昇は確認されていない。これは、同社共同創業者のダリオ・アモデイが「エントリーレベルの仕事の半分が1〜5年以内に消滅する可能性がある」と予測していたことと大きく乖離する結果だ。
レポートが指摘する最大の問題は「能力と実装のギャップ」である。コンピューター・数学系の職種では、AIが約100%のタスクを自動化できる可能性があると試算されているにもかかわらず、実際の活用は33%にとどまっている。レポートはこれを「実現可能な水準のほんの一部にすぎない」と表現している。潜在的な代替可能性と実際の導入率の間にこれほど大きな乖離が存在する事実は、技術的な限界よりも、組織的・制度的な障壁が普及を阻んでいることを示唆している。
生産性は1990年代のITブームより低迷
このギャップは生産性データにも如実に表れている。AIの時代における生産性成長は、1990年代のITブームより低い水準で推移している。データセンター投資は急拡大しているにもかかわらず、だ。
歴史的に見れば、この現象には先例がある。ノーベル経済学賞受賞者のロバート・ソローが1987年に残した言葉は「ソロー・パラドックス」として広く知られている。「コンピューター時代はどこにでも見えるのに、生産性統計にだけは見えない」——。その後、ITが生産性統計に明確な影響を及ぼすまでに10年以上を要した。企業がインフラを整備し、人材を育て、業務プロセスを再設計するまでの「普及ラグ」が存在したからだ。AIも同じ軌跡をたどる可能性はある。ただし、経済的・政治的条件がそれを許せばの話だ。
OpenAIのCEOサム・アルトマンも今年5月、見方を修正している。「私は、業界の一部が主張するような雇用の大規模崩壊は起きないと思っている」と述べた。ノーベル経済学賞受賞者のダロン・アセモグル(MITの経済学者)は「(AI企業は)毎年数千億ドルの損失を計上している」と指摘する。AI株を中心に構成されるNasdaqは6月のピーク比で約8%下落しており、市場の期待値も冷えてきた。
O-Ringの法則:自動化パニックに待ったをかける
記事が紹介するのが「Oリング理論」だ。1986年のスペースシャトル・チャレンジャー号の事故では、たった一つのゴム製Oリングの欠陥が数十億ドル規模の機体を失わせた。経済学ではこのアナロジーを使い、「機械がすべてのタスクを完璧にこなせない限り、残った人間のタスクは価値を持ち続ける」という論理を示す。この理論はハーバード大学の経済学者マイケル・クレマーが1993年の論文で定式化したもので、生産工程における相補性と人的資本の重要性を説いた古典的なフレームワークだ。AIが一部タスクを代替しても、人間が担う残余タスクの希少性と重要性が増すという逆説的な帰結は、現在の雇用データとも整合する。
これを支持する最近の研究では、「タスクレベルでは強い代替が起きているが、AI導入企業における労働需要の増加が露出職種の雇用減少を相殺しているため、雇用全体への影響は限定的」という結果が出ている。つまり、AIを積極的に使う企業が成長して採用を増やし、全体としての雇用は維持されている。
MIT経済学者のデイビッド・アウターは「AIはいまだに言語を現実と結びつけられない。すべてが計算問題なわけではない」と述べ、「世界の変化が予測ほど速くないことに多くの人が気づいてきた」と指摘する。
AGIへの楽観はなぜ消えないのか
一方で、AI業界の内部関係者は依然として強気だ。イーロン・マスクは「AI+ロボットがすべてをこなせる世界では、労働は任意のものになる」と主張する。アセモグルは「インサイダーたちは相変わらず熱狂しており、AGI(汎用人工知能)が目前だと信じている」と観察する。
しかし道のりには障害も多い。アメリカ人の7割がAIデータセンターの地元建設に反対しており、エネルギー消費への懸念が主因だ。国際エネルギー機関(IEA)は、データセンターの電力需要が2030年までに現在の2倍以上となる約945テラワット時に達し、日本の総消費量を上回ると予測している。さらにモデルの陳腐化サイクルが急速なため、AI投資の減価償却が早まり、収益性への疑問も高まっている。
詳細はAnthropic Finds No AI Job Apocalypse Yet as Productivity Lagsを参照していただきたい。