7月24日、Efficiently Connectedが「AI Productivity ROI: Why the Efficiency Gains Are Going Nowhere」と題した記事を公開した。AIによる生産性向上の恩恵が収益に結びつかない構造的な原因と、その処方箋について、エンジニアリングリーダーのMichael Privatが論じている。
「AIで74%が収益拡大を期待、でも実現しているのは20%」
Deloitteが3,235名のビジネスリーダーを対象に実施した調査によると、**74%がAIによる収益拡大を期待しているにもかかわらず、実際に実現できているのはわずか20%**にとどまる。この54ポイントのギャップは、AIの技術的な限界ではなく、組織がAIを「どこに向けているか」の問題だ——というのが、本記事で紹介されているMichael Privatの主張の核心だ。
PrivatはアメリカのヘルスケアIT企業で500名超のエンジニアを統括するエンジニアリングリーダーだ。同社は米国の全健康保険請求の過半数を処理するという規模を持つ。記事はPrivat自身がEfficiently Connectedに寄稿したもので、現場でAI導入の失敗と成功の両方を観察してきた実務者としての視点から書かれている。
「仕事はガスのように空間を満たす」——効率化の罠
Privatの議論の土台になるのが「AIはアンプリファイアである」という考え方だ。AIは向けたものを忠実に増幅する。良いプロセスに向ければ良い結果を加速し、無駄なプロセスに向ければ無駄を加速する。問題は、多くの組織がそれを本来存在すべきでなかったプロセスに向けていることだ。
記事中の見出し「仕事はガスのように空間を満たす」は、パーキンソンの法則——「仕事は、与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」——を念頭に置いた表現だ。AIによって処理速度が上がっても、プロセス自体が存在し続ける限り、空いたキャパシティは別のタスクで埋まってしまう。効率化が組織的なスラックに吸収され、収益創出に転換されない構造を指している。
ECI Researchの2026年アプリケーション開発調査は、この問題の規模を数字で裏付けている。
- 65.2% の回答者が、エンジニアリング時間のうち純粋な新規イノベーションに使われているのは「**0〜20%**」と回答
- 新規イノベーションに「41〜60%」を使えていると答えたのは、わずか 3.6%
つまり、ほとんどのエンジニアリング組織の稼働時間は、保守・インテグレーション負債・運用対応で消費されている。その活動をAIで30%高速化しても、戦略的な勝利にはならない。間違った優先順位を効率よくこなしているだけだ。
これが「Deloitteのギャップ」の構造的な原因だとPrivatは分析する。収益成長にはイノベーション投資が必要だが、AIが既存の保守負担に吸収されてしまえば、ROIはせいぜい「コスト回避」に着地し、最悪の場合は数字のどこにも現れない。CFOが効果を見つけられないのは、そもそも収益創出活動に割り当てられていないからだ。
「人員削減」という間違ったフレーム
2023〜2024年のAI商業化における支配的な語り口は、労働代替——同じ仕事をより少ないエンジニアで——だった。Privatはこれを暗黙のうちに否定する。
問いは「今のプロセスを維持するのに何人必要か」ではなく、「そのプロセスは存在し続けるべきか」だ。
ヘルスケアITはこの議論の舞台として特に示唆的だ。同分野は規制・相互運用性の義務(HIPAAやHL7 FHIR準拠要件など)が厚く積み重なっており、レガシープロセスの多くはコンプライアンス上の必然として生き残っている。「AIが加速している官僚的プロセスを削除する」という判断が、技術的にではなく組織的・法的に難しい領域だ。それでもPrivatは、削除できるプロセスを先に特定し、残ったものだけをAIで加速するという順序を徹底すべきだと論じる。
開発者個人の生産性向上は本物——ただし問題は組織にある
記事は開発者個人レベルの話も分けて論じている。GitHub CopilotやCursorに代表されるAIアシスト型ツールがインナーループ(コーディング・テスト・デバッグのサイクル)を加速していることは事実であり、個人の生産性向上は本物だ。
しかし摩擦は、「個人が速くできること」と「組織のプロセス設計が価値として認める範囲」の境界に生じる。個々のエンジニアがコードを2倍速で書けるようになっても、レビュープロセス・デプロイ承認・リリーストレインがボトルネックのままであれば、スループットは変わらない。このギャップを埋めるのは、より良いプロンプトではなく、リーダーシップの意思決定だ。
今後の展開——Privatの見立て
以下は元記事におけるPrivat自身の見解・予測である。
記事は今後2〜4四半期で、企業のAI予算更新時期が来るにつれ、CFOからの説明責任要求が強まると予測する。明確なROIを示せる組織は、生産性向上を「プロセス削除の引き金」として使った組織だ。そうでない組織は、特にヘルスケアITのようなコスト構造が重い業界で、厳しい評価にさらされる。
また長期的には市場の二極化が進むと見る。「AIを適用する前に削除すべきプロセスを特定する」支援ができるベンダーやコンサルタントはプレミアムを得る。一方で純粋な生産性ツール市場は、現在の多くの価格モデルが想定するよりも速くコモディティ化するという見立てだ。
詳細はAI Productivity ROI: Why the Efficiency Gains Are Going Nowhereを参照していただきたい。