7月23日、TechSpotが「Nvidia's Jensen Huang defends Chinese AI: "Open-source models that are excellent should be used"」と題した記事を公開した。中国製オープンソースAIモデルが市場を揺るがしたまさにその翌週、NvidiaのCEO・Jensen Huangが「優れたオープンソースモデルは使われるべきだ」と公言した——政府が規制強化へと動くなか、あえて逆張りの発言をした背景に何があるのか。
半導体株が12.5%下落した翌週に「使え」と言い切った
Kimi K3——中国のMoonshot AIが7月16日に公開したオープンウェイトモデルだ。Artificial Analysis Intelligence Indexで第3位(Claude Fable 5とGPT-5.6 Solに次ぐ)、LMArenaのFrontend Code Arenaではブラインド評価で首位に立った。
※Claude Fable 5はAnthropicのClaudeシリーズ最新世代モデル、GPT-5.6 SolはOpenAIのGPT-5系列モデルを指すとみられるが、いずれも本記事執筆時点で正式発表前または限定公開の段階にある。
市場の反応はDeepSeek登場時と同じだった。フィラデルフィア半導体指数(SOX)は1週間で12.5%下落(過去15ヶ月最悪)、台湾株は6%超、日本は4%下落。皮肉なことに、中国AI株の方がより大きな打撃を受け、Zhipuは香港市場で最大30%安、MiniMaxは16%安となった。
そのタイミングで、Huangはテキサス州フォートワースでAxiosの取材に応じた。WistronのNvidiaAIインフラ製造新工場のオープニングの場でのことだ。
「これらの中国モデルは優れている。優れたオープンソースモデルは使われるべきだ」——Jensen Huang
中国が米国のAIラボを置き換える可能性については「ゼロだ」と一言で切り捨てた。
Huangのロジック:安いモデルはチップ需要を殺さない
Huangの主張の核心はシンプルだ。「フリーのAIはハードウェアにとって好材料のはずだ。フリーのAIはチップにとって、データセンターにとって好材料のはずだ」。
安価で高性能なモデルが普及すれば、AIの使用量は減るのではなく増える。使用量が増えれば、どこかで動くチップの数も増える——というのがNvidiaとして一貫して主張してきたロジックだ。また、オープンモデルがOpenAIやAnthropicを食うのではなく、「無料で試した人が最終的に速くて信頼性の高い有料サービスにお金を払うことになる」とも述べた。
「市場はDeepSeekのインパクトを最初に誤解した。今回もKimiのインパクトをまた誤解している」とHuangはAxiosに語っている。
なお、Kimi K3の技術的な特徴について、Bloombergの分析ではDeepSeekが「安価なトレーニング」を売りにしたのに対し、Moonshot AIはメモリインフラに依存する大規模モデルとして異なるアプローチをとっていると指摘している。
「中国モデルは安全保障上のバックドア」論への反論
Huangは、ダウンロードした中国製モデルが北京へのバックドアになるという懸念を否定した。オープンウェイトモデルはウェイトを検査・改変でき、インターネットから切り離した環境で動かせる。むしろ開放性が安全性を高めるという立場だ。
「すべてが単一のモデル、単一の攻撃ポイント、単一の障害点になれば、世界ははるかに脆弱になる」
さらに踏み込んで、AnthropicのサイバーセキュリティモデルClaude Mythosを名指しし、「サービスとして提供されるべきだ」と主張した。Claude Mythosは、Anthropicが政府・防衛機関向けに開発したサイバーセキュリティ特化型モデルで、現在は審査済みパートナー限定(約200組織、15カ国)に公開されており、NSA機密システムの解析に活用されたと報じられた経緯もある。NvidiaはProject Glasswingを通じてすでにアクセス権を持つパートナーの一社だ。
「Mythosが公開されていないからといって、オープンモデルはどのみち存在する」というのがHuangの論旨だ。
政府側は真逆の方向へ動いている
Huangの発言と同じ日、財務長官Scott BessentはFox Businessで「中国AIモデルが米国の知的財産を盗用して構築されたかどうかを調査中だ」と述べ、「数日から数週間以内に制裁措置が可能だ」と発言した。また、米企業が中国モデルを使用する際に顧客への開示を義務付けることも検討されているという。
Axiosによれば、米商務省は昨年から中国AIラボのブラックリスト入りを検討しており、米企業が中国モデルを使用した場合に責任を問うような大統領令の草案も存在していたという。Kimi K3の登場がその議論を再点火した格好だ。
HuangはIP盗用疑惑についてこう述べた。「蒸留(Distillation)、AIから学ぶこと、他の知識源から学ぶことは、知性の根本だ」。
発言の背景にある利害関係
Huangが中立的な立場から語っていないことは指摘しておく必要がある。Nvidiaの中国向け売上高は現在ほぼゼロだ。かつてHuangが「年間500億ドル規模になりえる」と語っていたビジネスが、輸出規制によって消えた形だ。輸出規制に反対し続けてきた人物が「需要は弾力的だ」「規制は逆効果になる」と主張するのは自然な流れでもある。一方でBlackwellやRubinを中国に渡すことには反対の立場を維持している。
Kimi K3の重みデータは7月27日に公開予定
現時点でKimi K3に関する数値は、Moonshot AI自身またはAPIの早期テストから得たものだ。7月27日にフルウェイトが公開される予定で、その時点で独立した検証によってベンチマークが裏付けられるかどうかが明らかになる。
AnthropicはMoonshot AIが340万件のClaude会話を不正に学習データとして使用したと主張している。ただし、AI研究者・アナリストのNathan LambertはそれがあったとしてもK3の性能を説明するには不十分だと見ている。Epoch AIの推計では、現在オープンモデルとクローズドモデルの性能差は約3ヶ月分にまで縮まっているとされる。
この差がさらに縮まれば、「米企業は中国モデルを使っていいか」という問いより、「ウェイトがすでに世界中のサーバーに存在する状況で、禁止することに意味があるか」という問いの方が本質的になってくる。
詳細はNvidia's Jensen Huang defends Chinese AI: "Open-source models that are excellent should be used"を参照していただきたい。