7月23日、MIT Technology Reviewが「How AI helps scientists design the next generation of medicines」と題した記事を公開した。この記事では、AIが創薬プロセス——特にタンパク質由来の「バイオロジクス(生物製剤)」の設計——をどのように変えつつあるかについて詳しく紹介されている。
10年単位の開発期間を、AIが短縮する
新薬の開発は平均で10年以上、多額のコストを要する。しかも、候補分子の大半は患者に届く前に脱落する。なかでも「バイオロジクス」——合成化学ではなく、設計されたタンパク質を有効成分とする薬——は、分子の複雑さゆえに開発難度がさらに高い。がん、自己免疫疾患、希少疾患など多くの疾患領域で使われるこのカテゴリで、AIの存在感が急速に増している。
McKinseyは、生成AIとその他の計算ツールを組み合わせることで、創薬タイムラインを最大50%短縮できると試算している。
AstraZenecaでバイオロジクスR&Dのヘッドを務めるPuja Sapra氏はこう述べる。「設計、製造、試験、解析——あらゆる工程が今や計算によって強化されている。サイクルタイムは短縮し、生産性とイノベーションは向上している」。
同社が採用するのは「生成→評価→学習」のフィードバックループだ。AIが候補分子を計算上で生成・優先順位付けし、成功確率の高いものを予測する。研究者はその上位候補にだけ実験リソースを集中させる。行き詰まりが減り、反復が速くなる。そして、従来は「治療不可能」とされていた疾患標的にもアプローチできるようになる。
データが差別化要因になる
AIモデルの性能は学習データの質と量に直結する。Sapra氏は「データが我々の差別化要因だ」と明言する。AstraZenecaが保有するデータは独自かつマルチモーダル——分子構造、結合測定値、安全性プロファイル、製造結果が含まれる。複数の疾患領域・薬剤タイプにまたがる多様なポートフォリオが、フロンティアモデルのファインチューニングを可能にしている。
さらに、実験が成功しようと失敗しようと、それ自体がデータになる点も重要だ。「どれが機能してどれが機能しないか」という情報が蓄積し、モデルの精度を継続的に高める。
「未来のラボ」——AI×ロボットの閉ループシステム
こうしたデータを統合するために、AstraZenecaはマサチューセッツ州ケンブリッジのKendall Squareに「ラボ・オブ・ザ・フューチャー」施設を建設中だ。AIとロボット自動化が連携し、閉ループの探索サイクルを形成する。
Sapra氏は自動運転車に例えてこう説明する。「自動運転車がセンサーとモデルで環境をナビゲートするように、このシステムはAIが予測し、ロボットが実験を実行し、機器がデータを生成する」。そのデータは直接モデルへフィードバックされ、次のサイクルを加速する。
自動化されたハイスループットシステムは、週単位で数千の分子相互作用を生成・評価できるようになる見込みだ。「従来のワークフローでは到底達成できないスケールでAI学習用データを生成できる」とSapra氏は言う。
最終目標:タンパク質を「ゼロから生成」するde novoデザイン
この分野が目指す究極の形が「de novo(デノボ)デザイン」だ。AIが望ましい薬の特性を満たす完全に新しいタンパク質配列を一から生成する——構造設計から、体内での挙動予測、製造可能性まで含む。
「完全にAIが生成したバイオロジクスを、臨床候補まで持っていく方向へ、着実に前進している」とSapra氏は述べる。
ただし、この段階に到達するには三つの条件が必要だとSapra氏は指摘する。
- 業界横断での標準化された学習データの充実
- AI生成候補分子の評価ベンチマークの整備
- 機械学習と生物学の両方に精通した人材
このなかで最も重要でありながら最も議論が少ないのが「安全性予測」だとSapra氏は言う。計算上で生成した分子が人体で安全かどうかを予測することは、de novoデザインにおける最難関の問題だ。AstraZenecaはこれに対し、高度な細胞システムとミクロスケールの臓器モデル(いわゆる「organ-on-a-chip」的な物理的テストベッド)とAIを組み合わせた、仮想臨床試験のアプローチで取り組んでいる。
エンジニアへの示唆
この変革はAIツールの話だけではない。Sapra氏によれば、AstraZenecaのエンジニアリングチームにはデータサイエンティスト、自動化スペシャリスト、AIエンジニアが含まれ、「ブラックボックスではなく思考パートナーとして機能するシステム」の構築を担っている。
取り組むべき技術課題は具体的だ。「マルチモーダルデータの融合、閉ループ最適化、不確実性の定量化、臨床意思決定時点での解釈可能性——どれも本質的に難しい問題だ」とSapra氏は述べる。元記事が描くのは生成AI単独の話ではなく、機械学習モデルを実験ロボットと統合し、データパイプラインを設計し、安全性予測の精度を高めるという、地に足のついたMLエンジニアリングの実態だ。
詳細はHow AI helps scientists design the next generation of medicinesを参照していただきたい。