7月23日、Futurum Groupのアナリスト、Nick Patienceが「AI Isn't Coming for Your Job Yet – and Maybe Never Will」と題した記事を公開した。ChatGPT登場から3年半が経過した現時点において、AIが実際に雇用を奪っているかを米英欧の労働データや企業調査から実証的に検証した内容だ。
「AIに仕事を奪われた」データは、まだない
結論から言えば、経済全体としてAIによる雇用ショックは起きていない。
イェール大学のBudget Labによる分析では、米国の職業構成の変化速度はPCやインターネット登場時と変わらず、ある職業のAI暴露度とその雇用者数・失業期間の間に有意な相関は見られなかった。2026年にかけての米英の雇用軟化は実在するが、それは金利や景気の影響による循環的な採用抑制であり、自動化による大量解雇ではない。米国のBLS(労働統計局)が追う「解雇・離職率」は正常値付近に留まっている。
企業がリストラの理由としてAIを挙げるケースが増えているが、Nick Patienceはそれを「通常のコスト削減に対する見栄えのよい説明」と明確に切り捨てている。自己申告のレイオフ数よりも給与台帳データを重視すべきだという主張は、数字を読む上での重要な視点だ。
AIはそもそも、仕事を最後までこなせない
「AIが仕事を奪う」という議論の前提として、AIがその仕事をエンド・ツー・エンドでこなせる必要がある。だが、現時点でその前提が成立していない。
元記事が引用するRemote Labor Indexは、実際の有償フリーランス案件(中央値で約11.5時間相当の作業)を使ってAIエージェントをテストした調査だ。結果は240案件中6件が合格水準——**自動化率わずか2.5%**だった。失敗の原因は、成果物の途中切れや破損ファイルといった、技術的に高度な問題ではなく凡庸なものだ。
同じモデルが孤立したベンチマークでは80〜90%のスコアを出すことと、この2.5%という数字の乖離が本質的なポイントである。ベンチマーク上の能力と、実務をこなす能力は別物だ。
Box CEOのAaron Levieが指摘するように、コーディングがAIに向いているのは「出力が検証可能(コードが動くかどうか)」「モデルの学習データが豊富」「エージェントが必要なコンテキストが一箇所にある」という三条件が揃っているからだ。他の知識労働の多くは、コンテキストが20以上のシステムに散在し、アクセス制御も障壁になる。だからこそ、最も早く影響が出ているのはソフトウェアとカスタマーサポートの2領域に限られている。
唯一、明確なダメージがある場所:エントリーレベル
集計データが安定していても、特定の層には実害が出ている。
Stanfordのデジタル経済研究所(Stanford Digital Economy Lab)は高頻度の給与データを分析し、2022年後半以降、AIへの暴露度が高い職種における22〜25歳の雇用が13〜16%相対的に減少していることを確認した。同じ職種の年長者は変化なし。金利の影響でもなく、リモートワーク案件の排除でも説明がつかないという。
英国でも同様の傾向だ。英国科学・イノベーション・技術省(DSIT)の調査では、AI暴露度の高い求人広告が38%減(低暴露職種は21%減)を記録。Indeed UKではAI言及の求人が急増しているのに、全体の求人数は低水準にある。
ここで一つのパズルがある。生産性実験ではAIが初心者を最も助けるという結果が出ているのに、なぜジュニア層の採用が落ちているのか。記事が提示する整合的な解釈は、「AIが残ったジュニアの生産性を上げることで、必要な人数が減る」というものだ。エントリーレベルの席の数が減っているのであって、経験を積んだ人材の価値が消えているわけではない。
企業が本当に計画しているのは「採用減速」であって「解雇」ではない
Futurumが実施するETR(Enterprise Technology Research)のAI Product Seriesでは、7回の調査波を通じて以下の変化が確認されている。
- 「AIにより採用を減速させる」に同意:**約31% → 約47%**に上昇
- 「AIにより人員削減を実施する」に同意:**約26% → 約32%**とほぼ横ばい
企業が計画しているのは、売上の伸びよりも採用を抑えることであって、既存社員のリストラではない。しかも、この「計画」の実現すら、調達部門のAI禁止方針が壁になっているケースが多いと記事は指摘する。能力の制約ではなく、ガバナンスと調達が真のボトルネックという観点は見落とされがちだ。
欧州・国際機関のデータが示す複合的な絵
欧州中央銀行(ECB)が2026年3月に公開した約5,000社を対象とした調査では、AI利用企業と非利用企業の雇用に全体的な差はなかったが、AIを積極活用する企業は約4%採用が増える傾向があった。コスト削減目的でAIを使う企業は採用が少なく、R&Dや成長目的で使う企業が採用を牽引しているという構図だ。デンマークの研究「Large Language Models, Small Labor Market Effects」も同様の結論を示している。
国際機関の見通しも一枚岩ではない。IMFは世界の雇用の約40%、先進国では約60%がAIの影響を受けると試算しているが、「補完される職種」と「真のリスクにさらされる職種」はほぼ半々だ。WEFの「Future of Jobs 2025」は2030年に向けての純雇用増を予測し、PwCの2026年版Global AI Jobs Barometer(約10億件の求人広告を分析)では、AIへの暴露度が高い産業で従業員一人当たり売上と賃金の両方が高成長している。
生産性の実態:9割の企業が恩恵を感じるが、「25%超の改善」を得ているのは7社に1社
St.ルイス連銀の自己報告データによる生産性向上の推定値は約1%。ETRの企業調査でも、AIコーディングツールから何らかの生産性向上を得ている企業は全体の約90%に上るが、25%超の改善を報告しているのは約7社に1社(約14%)にとどまる。
あるSalesforceの幹部はこう語ったという。「AIは悪いプロセスを改善しない。良いプロセスをさらに良くするだけだ。AIだけで組織をgoodからgreatに連れて行くことはできない」。汎用技術の普及初期段階として、これは教科書通りの展開だ。
歴史的な文脈:今の「震動」は本震の前触れか、誤報か
1964年、ジョンソン大統領が自動化による雇用喪失を懸念して国家委員会を設置したが、結論は「杞憂」だった。ATMの普及後も銀行窓口員は数十年増え続けた——ただし後にモバイルバンキングが本当の代替をやり遂げた。
代替の完全性とタイミングがすべてを決めるというのが歴史の教訓であり、楽観論者も悲観論者も早まって宣言しすぎてきた。
現時点のデータが示す絵は「小さく、限定的な震動」だ。エントリーレベルへの影響が上位職種に広がるか、あるいは安価な計算資源がエンド・ツー・エンドの自動化を一気に可能にするかが、今後の分岐点になる。
詳細はAI Isn't Coming for Your Job Yet – and Maybe Never Willを参照していただきたい。