7月22日、The Atlanticが「AI Companies Are Stripping Colleges of Their Best Researchers」と題した記事を公開した。AI企業が大学の優秀な研究者を大量に引き抜いており、アカデミアの研究基盤が空洞化しつつある実態について詳しく紹介されている。
「Anthropicに入社します」がアカデミアのミームになった
アリゾナ州立大学のコンピュータサイエンス教授Subbarao Kambhampatiはこう語る。「『Anthropicに入社します』が今の新しいミームだ」。
冗談のように聞こえるが、実態は笑えない。今月だけを見ても、AnthropicはUCバークレーの電気工学・コンピュータサイエンス学科の学科長を採用した。さらに近週内に、スタンフォードの経済学者、メリーランド大学の理論物理学者、UT Austinの分析哲学者も引き抜いている。コンピュータサイエンス以外の分野にまで手を伸ばしているのが現在の特徴だ。
Anthropicだけではない。OpenAIにはブラックホール研究者や弦理論の専門家が在籍し、MetaのAIラボには6月下旬だけで少なくとも3人のコンピュータサイエンス教授が加わった。The Atlanticの調査によれば、OpenAI・Anthropic・Meta・DeepMindの4社だけで80人以上の現・元教授が働いており、しかもこれは内部データへのアクセスなしに確認できた数字に過ぎず、実数はさらに多いとみられる。
なぜ大学側は引き止められないのか
引力の源は給与だけではない。現代のAI研究には膨大な計算資源が必要で、大学が持てるリソースとシリコンバレーの差は年々開いている。加えて、トランプ政権による科学研究予算削減がその格差をさらに広げている。
UCバークレーのコンピュータサイエンス研究者でDeepMindのAIセーフティ・アライメント部門を率いるAnca Draganは、入社の動機をこう説明した。「フロンティアにおける安全性の研究を前進させるために必要な、データ・計算資源・予算へのアクセスを得たかった」。
ジョージア工科大学からNvidiaに副社長として移ったHumphrey Shi教授は端的に言う。「重要な研究の多くは今や産業界で行われている。本当に意味のあることをしたければ、そこに行くことになる」。
研究の「クローズド化」という構造問題
かつてシリコンバレーは、大学からの移籍者に研究のオープン性を保証していた。OpenAIは設立時の声明で「研究者は成果を積極的に公開するよう奨励される」と明記した(社名自体がその宣言だった)。2017年にGoogleが公開した「Transformer」アーキテクチャに関する論文が、現在のAIブームの起点になったことは象徴的だ。
しかし今、その文化は変容しつつある。シカゴ大学の研究によれば、AI研究者が大学から企業に完全移籍すると、年間の論文発表数が約65%減少する。企業に残ったAI研究者を知るスタンフォードのChris Gregg教授は「ラボに行った研究者たちから、書きたい論文が書けないという声を聞いている」と語る。
クローズド化の問題はモデル自体にも及ぶ。先月Anthropicが公開した新モデル「Fable」をめぐっては、AI研究に関わる特定のクエリに対してモデルの能力を低下させる仕様が含まれていたと報告された。Anthropicは安全上の措置と説明したが、アカデミアからの強い批判を受けて謝罪し方針を撤回している。オープンな研究環境を前提としてきた研究者たちにとって、この一件は企業主導の研究開発が持つ構造的なリスクを象徴する出来事として受け止められた。
こうした閉鎖性は個別の事例にとどまらない。独立系AI研究者のNathan Lambertはこう指摘する。「トップのAI企業がある程度のことは公開しているが、存在しうるAI論文の可能性の空間からすれば、ごく狭い一部に過ぎない」。企業の競争上の利益と、科学の進歩に不可欠な知識の共有とのあいだの緊張は、今後さらに高まる可能性がある。
アカデミアが失うもの
研究者が減れば、次世代の育成にも影響が出る。スタンフォードのGregg教授によれば、学生から「なぜあの授業が開講されないのか」と問われることがある。答えは「担当教授がAI企業で休職中だから」だ。
Shi教授はさらに踏み込む。著名な教授がいなくなると、学生が就職活動で差別化するための研究機会も失われる。最先端・重要度の高い研究に関わる指導者の存在が、学生のキャリアに直接影響するからだ。
UCバークレーのComputing、Data Science、and Society学部長Jennifer Chayesはこう懸念する。「コンピュータサイエンス学科は生き残るだろう。だが、私たちのイノベーション経済が生き残れるかどうかはわからない」。
科学のゲートキーパーになるリスク
DeepMindのCEO Demis Hassabisは自社をかつてのベル研究所になぞらえる。ベル研究所はAT&Tの研究部門として1960年代のピーク時に博士号保有者約1,200人を擁し、トランジスタや現代型太陽電池を発明。研究員が少なくとも10件のノーベル賞を受賞した、民間企業による基礎研究の金字塔的存在だ。DeepMindはすでにタンパク質構造予測でノーベル賞受賞研究を達成しており、先週末にはAnthropicの数学者が「Fable」モデルを用いて約90年来の未解決数学問題を解いたと投稿した。
一方で、研究者グループが「Leiden Declaration」と題した宣言を発表し、「テクノロジー企業が数学研究に介入することへの警告」を発している。未規制のまま放置すれば、企業の研究への参入が「数学研究そのものの範囲と深さ」に影響を与えかねないと訴えている。AI企業が科学を加速するのではなく、科学の門番になる——その可能性を、記事は指摘している。
詳細はAI Companies Are Stripping Colleges of Their Best Researchersを参照していただきたい。