7月20日、PYMNTSが「AI Chip Startup Etched Eyes $20 Billion Valuation」と題した記事を公開した。AIチップスタートアップのEtchedが評価額200億ドルを目指す資金調達交渉を進めており、推論特化チップという切り口でAIインフラ市場に切り込む戦略が注目を集めている。
評価額を4倍に引き上げる二段構えの資金調達
Etchedは、評価額を現在の約4倍となる200億ドル規模に引き上げる交渉を進めていると、Wall Street Journalが7月17日に報じた。同時に、Sequoia Capital主導の別ラウンドで100億ドル評価額での資金調達も行っているという。
連続した高額ラウンドは、AIブーム期のシリコンバレーでは珍しくなくなっている。企業がある評価額でエクイティを売却し、すぐに大幅に高い評価額で追加資金を調達するパターンだ。WSJはこれを「投資家に対して企業が持つ交渉力の表れ」と表現している。
Etchedの主要投資家には、投資ファームのStripes、Peter Thiel、Ribbit Capital、Primary Venture Partnersが名を連ねる。
推論特化チップという差別化軸
Etchedが開発しているのは、AIの推論(inference)に特化したチップだ。推論とは、学習済みモデルを使って実際に予測や出力を生成する処理を指す。チャットボットへの応答生成、画像認識、音声処理など、エンドユーザーが日常的に触れるAI機能のほぼすべてが推論処理にあたる。
同社が開発するのは「Transformerチップ」と呼ばれるアーキテクチャで、Transformerモデル(現在の大規模言語モデルの基盤となるニューラルネットワーク構造)の推論処理を専用回路レベルで最適化している。汎用GPUが多様な演算を柔軟にこなすために持つ冗長な回路を省き、Transformer推論に必要な行列演算・アテンション機構を固定回路で高速・低消費電力に処理することが狙いだ。
NVIDIAのGPUはモデルの学習(training)においてデファクトスタンダードの地位を確立しており、推論分野でもH100やGB200を投入して積極的に市場を押さえに来ている。ただし、これらはあくまで汎用GPUをベースとした製品であり、推論に用途を絞った専用設計のチップと比べるとコスト効率や消費電力の面で差が生まれる場面がある。Etchedはその点に差別化の余地を見出している。
同社のウェブサイトによれば、現在は最初のチップ設計のテストと検証を進めており、クライアントからは10億ドル相当の需要がすでに存在するという。
AIチップ市場ではCerebras SystemsやGroqが推論特化チップで一定の成果を上げており、後続スタートアップの参入が相次いでいる。Etchedはその流れに乗る形だが、評価額の規模感は一線を画している。
2022年創業、3年足らずで200億ドル交渉へ
Etchedは2022年、Gavin Uberti、Chris Zhu、Robert Wachenの3人によって設立された。創業から3年足らずで200億ドル規模の評価額交渉に至っている事実は、現在のAIインフラ市場における投資熱の高さを端的に示している。
「チップの供給」より「需要の創出」が次の課題
PYMNTSは別記事で、AIを「軍拡競争」として描く現在の報道が、より本質的な問題——需要側の課題——を見落としていると指摘している。
「フロンティアモデルが驚異的なタスクをこなせるかどうかはもはや問題ではない。会計士、看護師、保険査定員、教師、調達担当者、財務アナリストといった人々が、AIをその専門的なワークフローに統合できるかどうかが問われている」
供給側ではEtchedのような新興チップメーカーが巨額の評価額を獲得する一方、需要側の成熟がAI市場の次のフェーズを左右するという構図は、エンジニアにとっても無関係ではない視点だ。推論チップの性能がいくら向上しても、それを活用するアプリケーション層・ワークフロー統合が追いつかなければ、市場の拡大には限界がある。チップ設計と同様に、実装側のエコシステム整備が問われている段階に差し掛かっている。
詳細はAI Chip Startup Etched Eyes $20 Billion Valuationを参照していただきたい。