2026年7月18日、ソフトウェアエンジニアのSam Sutch氏が「A grumpy screed about AI in software engineering」と題した記事を公開した。AIコード生成の普及によってソフトウェアエンジニアリングの現場が「スロップ(slop)」——AI生成の粗悪・無個性なコンテンツを指す英語圏エンジニアコミュニティのスラング——で埋め尽くされ、職業的な選択の余地すら失われつつある現状を吐き出した一本だ。公開直後からHacker Newsで大きな反響を呼んでいる。
CursorやGitHub Copilotをはじめとする生成AIコーディングツールが急速に普及し、エンジニアの日常業務を塗り替えたここ1〜2年。生産性向上の文脈で語られることが多い一方、現場では静かな不満も蓄積されつつある。この記事はその不満に言葉を与えた格好となった。
プルリクもチケットも全部スロップ
筆者はこう書き出す。
Every line of every pull request? Slop. Every word of every pull request description? Slop. Every code review comment? Slop. Every technical design document? Slop.
プルリクエストのコード、説明文、コードレビューのコメント、技術設計書、チケットの説明、グラフィックデザインの仕様——すべてがAI生成の「スロップ」だという。リーダーシップの意思決定ですら、スロップなマーケティング資料やメール、ロードマップに基づいている。ロードマップの少なくとも50%はスロップだ、と筆者は断言する。
筆者は20年のキャリアを持つソフトウェアエンジニアで、長らく仕事そのものを楽しめていたという。魂のない大企業で働いていた時期ですら、どこかに面白い問題があった。しかし今は、コーディングボットがコードを出力するのを待つだけの「苦行(slog)」になってしまった、と述べる。slop(スロップ)とslog(苦行)——韻を踏んだこの対比に、筆者の皮肉が凝縮されている。
「使わなければいい」は現実的な選択肢ではない
よく言われる「嫌なら使わなければいい」という意見に対し、筆者は真っ向から反論する。
AIを拒否することは、今やキャリア上の自殺行為に等しい。
理由は二つある。一つは文化的なもの——「AIに否定的な態度」というレッテルを貼られる。もう一つは数値的なもの——プルリクエスト数やコード行数がAI活用者と比べて見劣りし、評価で不利になる。
さらに筆者は採用面接の実態を指摘する。今やほぼすべての企業がSWE(ソフトウェアエンジニア)採用の初期段階でAIへの姿勢を問うという。これは事実上、「扱いにくい人材かどうか」を測るスクリーニングになっている。雇用可能であり続けたければ、AIを積極的に受け入れているという答えを返すしかない。
「自分でプロダクトを作ればいい」も難しい
独立して自社プロダクトを作るという逃げ道についても、筆者は悲観的だ。AIスロップアプリで溢れかえった市場で差別化するのは困難であり、Appleでさえ積極的にスロップウェアをリリースしていると皮肉る。
わずかな希望として筆者が挙げるのが、Zigのような、AIに依存しない開発文化を持つプロジェクトだ。ZigはAndrew Kelley氏が主導するC言語の代替を目指すシステムプログラミング言語で、シンプルさと明示性を重視する設計思想で知られる。コミュニティとして「人間が書いたコードを大切にする」文化が根付いており、AIに頼らない開発を軸としたエコシステムが形成される可能性はある。ただし、商業的なインパクトは期待できないとも認める。非AIプロジェクトはニッチにとどまり続けるだろう、というのが筆者の見立てだ。
Hacker Newsの反応は賛否両論
Hacker Newsのスレッドでは、「AIが生成したコードを読むのは、誰も責任を持たない文章を読むようなもので精神的に消耗する」といった共感の声がある一方、「ツールをどう使うかはエンジニア次第。スロップを許容しているのは組織文化の問題だ」という反論も見られ、意見は割れている。
筆者自身も記事の結びで「結論はない」と認めており、これが怒りのはけ口であることを隠していない。それがかえって、同じ不満を抱えるエンジニアの共感を呼んでいる。生産性の数字とコードの質、キャリアの生存戦略と職業的な誇り——この記事が突きつけるのは、AIツール全盛期のエンジニアが直面している、まだ答えの出ていないトレードオフだ。
詳細はA grumpy screed about AI in software engineeringを参照していただきたい。