7月17日、Los Angeles Timesが「Inside Google's Gemini delay: coding stumbles, clashing teams and frustrated engineers」と題した記事を公開した。現・元社員10名の証言をもとにGoogleの内部事情を掘り起こしたこの報道は、Alphabetの株価を木曜日に最大3.2%下落させるほどのインパクトをもたらした。GoogleのフラグシップAIモデル「Gemini 3.5 Pro」が予定より数ヶ月遅延している背景には、コーディング性能の不振、組織内の派閥対立、そして計算リソース不足という三重苦が重なっていた。
コーディング性能の不振が遅延の核心
Gemini 3.5 Proは、Googleが予定していた5月の開発者会議(Google I/O)での発表を見送り、現在も数ヶ月遅延している。Google I/Oはゴール毎年5月に開催されるGoogleの年次開発者向けカンファレンスで、新製品・新技術の発表の場として業界から注目を集める。今年はその場でGemini 3.5 Proを披露できなかった。
内部事情に詳しい現・元社員10名が明かしたところによると、特にコーディング能力の改善に時間を要していることが主因だ。先月末、Googleはコーディング能力向上を目指してGeminiの学習データを更新したが、「結果は失望的だった」と関係者のひとりは述べている。一方、OpenAIとMetaはすでにコーディング性能でGeminiを上回る新モデルをリリース済みだ。
Googleの広報担当者は「幅広いモデルを迅速に提供しながら、コスト効率を高く維持している」と声明を出した。また、「3.5 Proとアップグレードされたflashモデルをパートナーとテスト中であり、米国政府とのモデルテストや規制の枠組みについても生産的な協議を続けている」とも述べた。
社内の「派閥対立」という構造問題
技術的な問題と同じくらい深刻なのが、社内の組織的な混乱だ。
Google Cloud、研究機関のGoogle DeepMind、Androidチーム、さらにはいくつかのコンシューマー製品チームまで、それぞれが独自のAIコーディングツールを開発しており、努力が重複している状態だという。なお、Google DeepMindは2015年にGoogleがロンドンのAI研究機関DeepMindを買収して設立され、2023年にGoogle Brainと統合された研究部門だ。Googleの共同創業者サーゲイ・ブリンらはAIコーディング分野での加速を主張していたが、社内の競合する派閥によって進行が遅れた、と元社員2名は述べている。
さらに「重要なコードはGoogleの標準に従い、すべて人間が書くべきだ」という考えを持つ「純粋主義的」なエンジニアの存在も、普及の妨げになっていたという。AI導入の初期段階では、独自コードが学習データに漏洩することへの懸念から、GeminiをコードのAI生成や解析に使うことすら制限されていた時期もあったとされる(この制限はその後緩和されている)。
ひとりの元社員は「Googleの人気製品群は巨大な組織全体を同じ方向に動かさなければならず、それは海を沸騰させようとするようなものだ」と表現した。
社内でGeminiを使おうとしても…「計算リソース不足」
Googleエンジニアはコードの生成にAIを使うよう社内で奨励されている(元記事ではnudged/encouragedのレベルとして報じられている)。しかし実際に使おうとすると、社内での計算リソースの取り合いによって処理能力が制限される事態が頻発しているという。
Googleは「社内コードの75%がAI生成され、レビューを経て本番環境に到達している」と発表しており、コーディングツールの多くをGoogle Antigravityに統合する取り組みも進めている。Google AntigravityはAIがOSやアプリケーションと連携するためのデータ・メモリ・安全プロトコルの基盤となるプラットフォームだ。チーフAIアーキテクトのKoray Kavukcuogluが社内AIコーディングツールの統合に取り組み、DeepMind内には研究エンジニアのSebastian Borgeaud率いるAIコーディング専任チームも新設された(Bloomberg報道)。
競合他社への人材流出と、顧客の離反
研究者たちの不満はすでに行動に表れており、AnthropicやほかのトップAI研究機関への転職が相次いでいると元社員たちは語る。社内でAnthropic製のClaudeを使えるチームは、先端研究や高優先度プロジェクトに限定されている。
顧客側でも変化が起きている。ラテンアメリカの教育テックプラットフォームPlatziのCEO、Freddy Vega氏は「Gemini 3.5 Flashは中途半端な位置にある。以前の3.1 Flashより高価で遅く、競合の上位モデルには遠く及ばない。構造化データの処理が苦手」と述べ、スピードと推論のバランスが必要なタスクではGoogleからAnthropicの中位モデルに乗り換えたと明かした。
一方、デザインプラットフォームFigmaのプロダクトマネージャーRodrigo Davies氏は、新機能「Figma agent」に3.5 Flashを採用しており「スピードと品質のバランスが取れている」と評価している。評価が割れている状況だ。
Googleは「AIの強みはGoogle検索データとの連携、マルチモーダル処理(画像・動画など)、物理環境を模倣するAIワールドモデルにある」と主張しているが、モデルの純粋な能力においてはAnthropicとOpenAIにリードを許している、というのが現在のAI研究者たちの共通認識だ。
詳細はInside Google's Gemini delay: coding stumbles, clashing teams and frustrated engineersを参照していただきたい。