7月17日、The Next Webが「AI brain implant restores a paralysed man's movement」と題した記事を公開した。AIと脳コンピュータインターフェース(BCI)を組み合わせた「二重神経バイパス」システムが、頸椎損傷で完全四肢麻痺となった男性の手の運動と触覚を回復させたという研究成果を詳しく紹介している。
「刺激をやめても効果が残る」──これが最大のポイント
脊髄損傷の神経バイパス研究はこれまでにも複数存在するが、本研究が際立っているのは刺激装置をオフにした後も機能改善が持続した点だ。
研究チームによると、直近のフォローアップ時点で、運動・感覚の改善は刺激停止後も2年以上にわたって確認されている。これは装置が動作している間だけの補助ではなく、神経回路そのものが再構成されたことを示唆する。この現象はニューロプラスティシティ(神経可塑性)と呼ばれ、脳や脊髄が外部からの繰り返し刺激に応じてシナプス結合を強化・再編する性質を指す。従来の神経バイパス研究の多くは「装置あり」の状態での動作回復にとどまっていたため、装置なしでの持続的改善は大きな前進とみなされている。
対応著者のChad Bouton氏は声明でこう述べている。
「私たちは損傷部位を単に迂回しているのではなく、実際に神経系を再配線している」
この「再配線」という表現は誇張ではなく、研究チームが論文(Nature Medicine掲載)で主張する核心だ。
何が回復したか
被験者のKeith Thomasは2020年のダイビング事故で頸椎を骨折し、頸部以下の完全四肢麻痺となった。受傷から13カ月後に3年間の臨床試験に登録した。
トレーニングを経て、Thomasは自分の手で食事をとり、コップから水を飲むことができるようになった。35週間で右腕の筋力は86%、左腕は62%向上した。鼻をかいたり、口を拭ったりといった動作も補助なしでこなせるようになった。
触覚の回復には「コーティカル・ミラーリング(cortical mirroring)」と呼ばれる手法が使われた。これは、手や指先に取り付けたセンサーが感知した触覚情報を電気信号に変換し、感覚野(sensory cortex)を直接刺激することで、脳に「触れている」という感覚を再現するアプローチだ。損傷によって途絶えた末梢からの感覚入力を、体外のセンサーと皮質刺激で「鏡のように写し取る」ことからこの名がついている。約25週後、受傷以来ずっと感覚のなかった手首に触感が戻った。
「姉の手を感じること、犬を撫でてその毛並みを感じること。そういった、怪我で奪われた体験が戻ってきた」(Thomas本人のコメント)
システムの構成
Northwell Healthの研究部門であるFeinstein Institutes for Medical Researchが開発したこのシステムは、以下の要素を組み合わせている。
- 脳へのインプラント:15時間の手術で5つのマイクロ電極アレイを埋め込み
- AIデコーダ:運動意図を解読し、前腕の筋肉を電気刺激して手を動かす
- 3Dプリント製ブレース:センサーを内蔵し、触覚を生成するために感覚野(sensory cortex)を刺激する
運動と感覚の両経路を同時に扱う点が「二重(ダブル)」バイパスと呼ばれるゆえんであり、従来の単一経路型との主な差分でもある。
AIデコーダの精度は5カ月間の再学習なしで最大84.6%を維持した。また、会話しながらでも空のたまごの殻を割らずに持ち上げる動作を87%の確率で成功させている。
BCIをめぐる競争と今後の展望
本研究が発表された背景には、BCIをめぐる開発競争の加速がある。他のチームはインプラントを用いた発話の復元に取り組み、ウェアラブル型や非侵襲型のアプローチを追うグループも存在する。中国では初の商用脳インプラントが承認された。
世界の脊髄損傷患者数は約1500万人とされ、四肢麻痺患者の多くが「手の機能回復」を最優先課題として挙げている。研究チームは今後の大規模試験を計画しており、脳卒中など他の疾患への応用も検討している。神経可塑性の持続的効果が大規模コホートでも再現されるかどうかが、次のフェーズにおける最大の論点となる。
詳細はAI brain implant restores a paralysed man's movementを参照していただきたい。