7月16日、MixfontがDecoy Font: A TTF font that hides what you type](https://www.mixfont.com/experiments/decoy-font)」と題した記事を公開した。AIやOCRによる文字読み取りを視覚的な錯覚で欺く「デコイフォント」の仕組みと実験結果について詳細にまとめられている。
近くで見るとアインシュタイン、遠くで見るとマリリン・モンローに見える——そんなハイブリッド画像を見たことがある人は多いだろう。Decoy Fontはその原理をタイポグラフィに持ち込んだフォントだ。人間が画面を読む距離と、AIが画像を解析する「距離感覚」の差を突くことで、人間には本来のメッセージが読め、AIには偽の文字が読まれるという状況を静止画だけで作り出せる。ChatGPTやGeminiがスクリーンショットからテキストを読み取れる時代になったからこそ、このアプローチには実用的な意味がある。
近くで見る文字と、遠くで見る文字が違う
Decoy Fontの核心はハイブリッド画像(hybrid image)と呼ばれる知覚心理学の手法にある。同一の画像に異なる空間周波数の情報を重ね合わせることで、近距離では一方のメッセージが、遠距離(または目を細めた状態)では別のメッセージが見えるという視覚的な錯覚を作り出す。1994年にPhilippe SchynsとAude Olivaが発表した知覚研究に端を発し、アインシュタイン/モンロー合成画像はその代表例として広く知られている。
Decoy Fontにおける構造はシンプルだ。
- 前景(フォアグラウンド): 細いアウトラインで描かれたデコイ文字(偽の文字)
- 背景(バックグラウンド): ぼかされた低周波成分として埋め込まれた、本物のメッセージ
画面を近くで見るとデコイ文字が目立ち、少し離れると本来のメッセージが浮かび上がる。
AIが騙される理由
ほとんどのAIシステムは画像のピクセルをいわば「近距離」で解析する。ChatGPTなどのLLMに画像を貼り付けた場合、モデルは輪郭がはっきりしている前景のデコイ文字に注目するため、背景に低周波成分として埋め込まれた本物のメッセージを読み取れない。
記事では実際にこの手法をテストしており、GPT-4oおよびGemini(Thinking機能付き)のいずれもがDecoy Fontで書かれたスクリーンショットから正しいメッセージを読み取れなかったことが報告されている。
ただし万能ではない点も明記されている。コーディング能力を持つ強力なエージェント型モデルや、隠し文字の存在を示すプロンプトを与えた場合は突破される可能性がある。あくまで「初期の混乱を引き起こす防御層」としての有効性だ。
TTFファイルとして配布、そのまま使える
このフォントの実用的な面白さは、TTF(TrueType Font)ファイルとして配布されている点にある。OSにインストールすれば、通常のフォントと同じようにテキストエディタやデザインツールで使える。動画やアニメーションを必要とする他のアンチAI手法と異なり、静止した文字単体でAIを欺ける点が特徴だ。
TTFファイルは公式サイトからダウンロード可能で、サイト上のプレイグラウンドで文字の組み合わせを試すこともできる。
同じMixfontの実験として、アニメーションを使ってメッセージを隠すGhost Fontも紹介されている。Ghost Fontがアニメーション再生を前提とするのに対し、Decoy Fontは静的なTTFファイルとして機能するため、用途がはっきり異なる。
今後の展望
記事では以下の発展可能性が挙げられている。
- CAPTCHAへの応用: テキスト認識に対する防御層として活用
- LLMのベンチマーク: モデルの進化に伴い、Decoy Fontを解読できるかどうかをテスト指標にする
- 多言語対応: 記号的な構造を持つ文字体系ではこの技術との相性がよい可能性があるとしている
いずれも現時点での構想であり、作者であるEric Lu氏がXで継続的に情報を発信している。
詳細はDecoy Font: A TTF font that hides what you typeを参照していただきたい。