7月15日、SAPが「Business Value of AI Is Spiking, Driven by Increased Adoption and Agentic Expectations, SAP Finds」と題した記事を公開した。SAPとOxford Economics(世界的に知られる独立系経済調査機関)が実施したグローバル調査をもとに、企業におけるAI投資のROIが上昇傾向にある一方、データ品質やガバナンスなどの課題が山積している実態が明らかになっている。
AIのROIがついに数字で見え始めた
SAPとOxford Economicsが13カ国・2,600人のビジネスリーダーを対象に実施した「Value of AI Report 2026」の結果は、AIへの期待が"感覚"から"数字"に変わりつつあることを示している。
世界平均のAI投資額は2025年の2,670万ドルから2,800万ドルへと微増したが、注目すべきはROIの伸びだ。今年(2026年)の期待ROIは21%(約630万ドル)と、昨年の16%から上昇している。さらに2年後、すなわち2028年時点では38%(約1,590万ドル)に達すると見込まれており、本稿タイトルの「21%→38%」はこの「現在→2年後」の比較軸を示している。
投資の増加が顕著だったのはブラジル、英国、オーストラリア、ドイツ。一方、中国とインドでは投資額が減少しており、市場によって温度差がある。
最大の成長ドライバーはAIエージェント
ROI期待を牽引しているのがエージェントAI(Agentic AI)だ。自律的にタスクを実行するAIエージェントからの期待ROIは、2年後に1,760万ドルに達すると予測されており、昨年の推計値(430万ドル)から4倍超の伸びとなる。
ただし、現実の準備状況は期待に追いついていない。エージェントAIに「完全に準備できている」と答えた企業はわずか**3%。大多数は「一部準備中」か「準備できていない」と回答している。それでも83%**の企業が「エージェントAIは組織変革に中程度以上のポテンシャルがある」と評価しており、期待先行の状況が続いている。
ガバナンスの欠如も深刻だ。エージェントワークフローにヒューマン・イン・ザ・ループ(AIの判断・出力に対して人間が確認・承認を挟む設計)を設けていない企業が**38%に上る。エージェントへのアクセス制御を持っていない企業も37%あり、自社内のエージェントを管理する台帳(レジストリ)を保有しているのは44%のみだ。そして69%**の企業が「エージェントのガバナンスが追いつかない速度で導入が進んでいる」と感じるか、少なくとも確信が持てない状態にある。
課題の三本柱:データ・人材・ガバナンス
ROIを阻む課題として、調査では以下の三つが浮かび上がっている。
データ品質が最大の障壁だ。昨年と比較して"AIに対応できるデータ環境が整っている"と答える企業の割合は減少しており、**73%がデータの不完全性を課題として挙げている。その影響は実務にも及んでおり、79%**の企業がAI出力の品質不足に起因する手戻り、遅延、バックログを経験している。
人材・スキルアップも追いついていない。**78%の企業が「AI技術の進化に社内のスキルアップが追いついていないか、追いつけるか確信がない」と回答している。シャドーAI(IT部門の管理外でのAI利用)の利用も増加傾向にあり、69%**が「少なくとも時折発生している」と答えた。日本企業においても内部統制やセキュリティの観点から同様の問題が顕在化しつつあり、他人事ではない課題といえる。
ガバナンス体制の整備も遅れている。AIを効果的に統治するためのスキル、またはプロセス・フレームワークが「完全に整備できている」と答えたのは**わずか12%。専任のAIリーダーを置いている企業は46%、明確なAI開発フレームワークを持つ企業は52%、AIのリスクと活用に関するトレーニングを実施しているのは41%**にとどまる。
※編集部の考察:日本ではEUのAI Actのような法的拘束力のある規制はまだ整備されていないが、こうした数字は「ガバナンス不在のままROIだけを追う」状態が世界的にも常態化しつつあることを示唆している。
SAPが描く「Autonomous Enterprise」
SAPのチーフAIストラテジーオフィサーであるSean Kask氏は、「AIは実験段階から実行段階へ移行し、成果が出始めている。しかし、文脈(プロセス・データ・ガバナンス)を欠いたAIは、最善でも成果なき活動を生み出し、最悪の場合はリスクを生む」と述べている。
同社が提唱する「Autonomous Enterprise」は、AIをビジネスのデータとプロセスに深く統合し、エージェント・プロセス・人間が一体となって機能する状態を指す概念だ。単なる技術導入にとどまらず、組織と人間そのものの変革が前提になるとKask氏は強調する。
現時点では69%の企業が現在のAI ROIに満足しているものの、3分の2超がAIはまだ潜在能力を十分に発揮していないとも感じている。この矛盾した数字が、現在のエンタープライズAIの実態をよく表している。
詳細はBusiness Value of AI Is Spiking, Driven by Increased Adoption and Agentic Expectations, SAP Findsを参照していただきたい。