7月15日、PYMNTS.comが「Senate Bill Would Let Consumers Bring Their Own AI Agents to Amazon and Google」と題した記事を公開した。この記事では、米上院議員が提出したAIエージェントの相互運用性と忠実義務を定める法案草案について詳しく紹介されている。法案が突きつける核心的なパラドックスはこうだ——忠実義務を法律で課すことはできる。しかし、エージェントが「本当に忠実だったかどうか」を証明する技術は、まだ存在しない。
「売り手側の不動産エージェント」問題
Amazonで買い物をするとき、Alexaが本当にあなたの利益のために動いているかどうか、保証はあるか。記事はこの問いを「買い手のふりをしながら実は売り手側の不動産エージェントを雇っているようなもの」と表現する。
AIエージェントとは、ショッピング、予約、価格比較、設定変更などをユーザーの代わりに実行するソフトウェアだ。問題は、そのエージェントが同じプラットフォームに属している場合、本当に誰のために動いているのかが不透明になる点にある。
AI AGENT Actの概要
バージニア州選出のマーク・ワーナー上院議員は2026年6月29日、AI AGENT Act(正式名称:Artificial Intelligence Access, Gatekeeper Exchange and Nondiscriminatory Transfer Act of 2026)の議論草案を公開した。
ラトガーズ大学ロースクールのエレン・P・グッドマン教授がTech Policy Pressに発表した分析によると、これはAIエージェントの権力構造に正面から切り込んだ初の連邦法草案だという。グッドマン教授はラトガーズ情報政策・法研究所の共同所長でもある。
法案の柱は2つある。
① アクセスの義務(相互運用性)
米国内で5000万人以上の顧客またはサブスクライバーを持つ大規模オンラインプラットフォームは、外部のAIエージェントが接続できる「インターオペラブルなインターフェース」の提供を義務付けられる。法案はこれを「サービスドア」に相当するものとして定義し、消費者が選んだ外部エージェント(法案の用語では custodial user agent)がそこを通じてプラットフォームで作業できるようにする。
具体例として記事が挙げるのは、AmazonでAlexaを使う代わりに、自分で選んだエージェントを使って買い物できるというシナリオだ。
② 忠実義務(duty of care)
プラットフォーム自身のエージェントを消費者が使う場合、そのエージェントはユーザーに対して「注意義務(duty of care)」を負う。具体的には以下が求められる。
- ユーザーデータの保護
- 実行内容のリアルタイム記録の保持
- ユーザーの利益に反する行動の禁止
- 許可なく他のエージェントへの権限委譲を禁止
エージェントプロバイダーはFTC(連邦取引委員会)への登録が必要となり、FTCは独立した認証機関と連携して監査を行う。
技術的な難問:「忠実だったことを証明できるか」
記事が最も重要な課題として挙げるのが、AIエージェントが本当に忠実に動いたかどうかを証明する手段が現時点では存在しないという点だ。これは法案の構造的な矛盾でもある——忠実義務という法的概念を定めることと、その履行を事後的に検証することは、まったく別の問題だ。
Partnership on AIは、エージェントの処理のどこかで失敗が起きると「エージェントの進路が予測不能な形でずれ、エラーが連鎖的に拡大する」と指摘している。エラーの原因はデータ、計画、エージェント間の連携不備など多岐にわたり、しかも発見が難しい。エージェントが「何を考えて動いたか」を信頼性高く説明できる技術は、まだ存在しない。
つまり、忠実義務を法的に定めても、それを検証するツールチェーンそのものが未成熟という状況だ。法律が先行し、技術が後から追いかける構図——これが法案の最大の賭けである。
歴史的文脈:携帯番号ポータビリティとCarterfone
この法案の発想には前例がある。記事が引く歴史的比較が興味深い。
- 携帯番号ポータビリティ:キャリアを乗り換えても番号を持ち続けられる権利。利用者がインフラではなくサービスを選ぶ原則を定着させた
- 1968年のCarterfone判決:FCCが独占電話会社AT&Tに対し、ユーザーが自分のデバイスをネットワークに接続することを認めるよう命じた判決。独占インフラへの「持ち込み」権の嚆矢とされ、本法案が目指す「外部エージェントの持ち込み」と構造的に同型の問題を扱っている
- 2019年のACCESS Act:ワーナー議員がSNS向けに同様の相互運用性を求めた法案。議会を通過しなかった経緯があり、今回の法案はそのAI版に相当する
- EUのDigital Markets Act:ゲートキーパー企業に同様の開放を義務付けているが、執行は遅れており、規制先行・実効性後追いという課題を示す先例ともなっている
これらの前例が示すのは、プラットフォームの「門番」性を崩す試みが繰り返されてきたという歴史だ。AI AGENT Actはその最新章として位置づけられる。
政治的リスク
もう一つの障壁が政治的なものだ。今年の最高裁判決(Trump v. Slaughter)により、大統領がFTC委員を解任する権限が認められた(※従来FTC委員は正当事由なく解任できないとされていたが、同判決はその保護を事実上否定した)。これはFTCの独立性を実質的に低下させるもので、法案の中心的な執行機構が機能するかどうか自体が不透明になっている。
また法案が意図的に避けている領域もある。AIエージェントを「ショッピングの問題」として扱い、「表現の問題」としては捉えていない。これにより憲法修正第1条(言論の自由)を巡る争いは回避されるが、プラットフォームがコマース以外の領域で自社サービスを優遇することは依然として規制されない。
さらに根本的な問いも提示されている。過去の購買履歴で訓練されたエージェントは、ユーザーを「かつての自分」に縛り付け、見えるものを狭め続けるのではないか——という問題だ。
現時点でこれはあくまで議論草案であり、採決に向かう法案ではない。プラットフォームが外部エージェントに何を開放すべきかを巡る争い、そして監査技術が実際に構築できるかを巡るより長期的な争いが予想される。
詳細はSenate Bill Would Let Consumers Bring Their Own AI Agents to Amazon and Googleを参照していただきたい。