7月14日、The Decoderが「Claude responds with more warmth in Hindi and more rigor in Russian, showing how language shapes AI answers」と題した記事を公開した。Anthropicが309,815件の実会話を分析した結果、Claudeはヒンディー語では温かく肯定的に、ロシア語や英語では厳密で批判的に応答する傾向があることが判明した。同じ質問でも使用言語によって応答の性質が系統的に変わるという事実は、多言語対応システムを構築するエンジニアにとって見過ごせない知見だ。
30万件の会話を分析した価値観マッピング
Anthropicが公開した研究論文は、Claudeが実際の会話でどのような価値観を表現しているかを大規模に調査したものだ。2026年5月の2週間で収集された309,815件の匿名会話を対象に、Claudeがトレードオフの判断や主観的な評価を求められた会話のみを抽出して分析している。
データはSonnet 4.6、Opus 4.6、Opus 4.7の3モデルと、Claude.aiで最も使われる20言語にわたって均等にサンプリングされている。
3,307個の価値語から4つの軸へ
分析の出発点は、以前の研究Values in the Wildで特定された3,307個の価値語だ。これをまず339の上位概念にグループ化し、さらに統計的な次元削減を適用して4つのコア軸を抽出した。
次元削減とは、高次元のデータを少数の軸に圧縮して構造を把握する統計手法だ。ここでは「どの価値語が同じ会話に同時に出現しやすいか」という共起パターン(複数の語が同じ文脈に共に現れる頻度)を手がかりに、意味的に近い価値語をまとめ上げている。
| 軸 | 両端の概念 |
|---|---|
| 軸1 | 従順さ(Deference)← → 慎重さ(Caution) |
| 軸2 | 温かさ(Warmth)← → 厳密さ(Rigor) |
| 軸3 | 深さ(Depth)← → 簡潔さ(Brevity) |
| 軸4 | 率直さ(Candor)← → 実行志向(Execution) |
ただし、これら4軸が説明できる変動は、会話トピックやユーザー側の価値観を統計的に除外した後でも**全体の約15%**にとどまる。完全な説明モデルにはほど遠く、Anthropic自身もその限界を認めている。
また、4つの軸が必ずしも真の対立軸を形成しているわけでもない。従順さが高いと慎重さが低くなり、温かさが高いと厳密さが低くなる傾向はあるが、深さと簡潔さ、率直さと実行志向は同一会話内で共存することもあった。
モデルごとに異なる「性格」
3モデルはそれぞれ明確に異なるプロフィールを示した。
- Sonnet 4.6:ユーザーのアイデアを肯定する傾向が強く、ユーモアや共感的な応答が多い。批判は少なめ。
- Opus 4.7:求められていなくてもリスクを警告し、前提に疑問を呈し、自分自身の限界も明示する。
- Opus 4.6:タスクに忠実で直接的。余分な説明を避けてシンプルに返す。
Anthropicによれば、これらのプロフィールはユーザーの主観的な印象とも一致しているという。Sonnet 4.6が「温かい」と感じられ、Opus 4.7が「慎重すぎる」と感じられるのは、データ上の差異と対応している。
言語が変わると答えが変わる
エンジニア的に最も興味深いのが言語差だ。同じ質問でも使用言語によって応答のトーンが系統的にずれることが明確に示されている。
- ヒンディー語:最も温かい応答。丁寧な言い回し、ユーモア、肯定が多い。アラビア語がこれに続く。
- 英語・ロシア語:より厳密。前提を問い直し、細部を修正し、根拠を求める。
- アラビア語:最も従順さが高い。
- 英語:最も慎重さが高い。
- オランダ語:率直さが特に強い。
- インドネシア語:実行志向が強い。
Anthropicは「同じビジネスプランの評価をヒンディー語で頼んだ場合とロシア語で頼んだ場合、全く異なるフィードバックが返ってくる可能性がある」と明示している。
原因としてAnthropicが挙げているのは、学習データの量的不均衡、データ構成の差異、特定テキストタイプの過剰代表、言語ごとの会話規範だ。これは意図的な設計ではなく、学習過程の副産物である可能性を示唆している。
この問題はLLM研究コミュニティで以前から指摘されている構造的課題と重なる。現在の大規模言語モデルの学習コーパスは英語テキストが圧倒的多数を占めており、ヒンディー語やアラビア語などの言語はデータ量だけでなく、ウェブ上で代表されるテキストのジャンルや文体も偏りやすい。英語圏では技術文書やフォーラム上の議論(根拠を求め合う文化的規範が反映されやすい)が豊富な一方、一部の言語では対人的・肯定的なテキストが相対的に多い、といった構成差がモデルの応答スタイルに反映される可能性がある。Anthropicが挙げる「意図しない学習の偏り」という見立ては、こうした多言語コーパスの既知の問題と整合している。
方法論上の限界
この研究には注意すべき点がある。価値ラベルの付与に使ったのがClaude Sonnet 4.6、つまり分析対象のモデルと同じファミリーだ。Anthropicは手動レビューと8言語への翻訳テスト(800会話)で検証しているが、言語依存のバイアスが残る可能性は否定していない。
また、Anthropicは「Claudeに主体としての価値観を帰属させているのではなく、応答パターンを記述しているに過ぎない」と明示している。言語によるスタイルの違いが「異なる言語コミュニティへの適切な適応」なのか「意図しない学習の偏り」なのかは、現時点で判断できないままだ。
多言語対応のシステムをClaudeで構築しているエンジニアにとっては、言語選択がモデルの出力品質だけでなく、応答の性質そのものを変えるという前提で設計を考える必要があることを、この研究は示唆している。プロンプトの言語をどの言語に統一するか、あるいは言語ごとに異なるシステムプロンプトで応答傾向を補正するかといった判断が、実用上の差異を生む可能性がある。
詳細はClaude responds with more warmth in Hindi and more rigor in Russian, showing how language shapes AI answersを参照していただきたい。

