京都で機械工学を学びながら、「物を作る仕事がしたい」とソフトウェアの世界へ。新卒で入った大手システム開発会社での10年超の下積みを皮切りに、ビッグデータ、AI、そしてフリーランスへ──キャリアの大半を「物作り」に捧げてきた、Uさん(40代)。
そんなUさんが2026年、約6年続けたフリーランスを離れ、正社員へと戻る決断をした。背景にあったのは、生成AIの台頭と、フリーランス市場の急激な変化。4回に及ぶ面接を経てたどり着いた先で、Uさんは何を見て、何を選んだのか。ベテランエンジニアが語る、AI時代のキャリアのリアルを伺った。
機械工学から、ソフトウェアへ ── キャリアの原点

Q. もともとは、機械工学を学ばれていたそうですね。
はい。京都の出身で、大学まで実家から通っていました。機械工学を学んでいたのですが、授業の一環で、工場を見学するような機会がありまして。ある大手メーカーの、車体を設計している現場を見せていただいたんです。
設計の部門はとても華やかなのですが、実際にものづくりを支えている現場も間近で拝見して。自分がそこに身を置く姿を思い描いたときに、正直に申し上げると「少し違うかもしれない」と感じてしまって。それで、「スーツを着て働きたい」という、今思えば単純な動機で、ソフトウェアの道を選びました(笑)。当時は機械工学でもプログラミングの授業が入っていましたので、ソフトウェアに進む人も少なくなかったんです。
新卒で大手SIerへ。Javaと、大規模開発の下積み
Q. 新卒で入られた1社目は、10年以上勤められたとか。
そうなんです。大手のシステム開発会社でした。正直に言いますと、就職活動で企業研究をほとんどしておらず、「ソフトウェアで、大きそうだ」という理由で受けて、受かったから入った、という感じで(笑)。京都におりましたが、どうせ働くなら東京がいいな、と。
ただ、結果的にはとても運が良かったんです。当時の金融系はまだCOBOLの案件が多かったのですが、私はたまたまJavaのプロジェクトに配属されて。そこからずっとJavaを触れるようになりました。同期にはCOBOLをずっと担当する人もいて、あれは大きな分岐点でしたね。
お客様も、大手の製薬会社やハウスメーカー、インフラ、メガバンクといった、大規模な基幹システムばかりでした。ワンフロアに何百人も入り、何十社も関わって、というような開発を、当たり前のように経験させていただいて。今振り返ると、本当にすごい環境だったなと思います。
Q. かなりハードな働き方だったのでは?
そうですね。残業も多く、基本は終電まで、という毎日でした。ただ、私はそれが楽しくて。「どうすれば、もっと良いプログラミングができるか」を考えて、試して、を繰り返していました。その下積みの時間が長くあったことは、今の自分の財産になっていると思います。
クラウド・ビッグデータを求めて。そして、PMとしての気づき
Q. 次は、ビッグデータを扱う自社サービスの企業に移られていますね。
10年以上勤めたころ、世の中ではクラウドでのシステム開発が広がり始めていました。ですが、SIの世界は少し遅れていて、まだオンプレミス──自前でサーバーを用意して、というのが当たり前で。「クラウドをやらなければ」という危機感から、転職を決めました。
移った先は、ビッグデータを扱う自社サービスの企業でした。ちょうど「ビッグデータ」という言葉が流行っていた時期で、大量のデータを集めて相場情報として提供する、という事業に惹かれたんです。データをどう集めて、どう蓄えれば加工しやすいのか──その基盤を自前で作ろうとしているチームが面白そうで、入りました。
Q. そこも約4年で、次に移られています。
自社サービスに惹かれて入ったのですが、その会社の最後のほうは、他社さんのシステム開発をマネジメントする、PMのような立場になっていて。「自社サービスに来たはずなのに、やっていることはSIだな」と感じてしまって、次を考え始めました。今振り返ると、そのPMの仕事も、実はとても楽しくやっていたのですが。
次に移ったのは、ビジネスモデルがとても強固で、安定した会社でした。当時からAIに取り組んでいたのも理由の一つです。といっても、今のような生成AIではなく、アルゴリズムベースのもので。大学の教授をお招きして、議論しながら精度を上げていく、というチームでした。
ただ、率直に申し上げると、少し保守的な社風で。「新しいことをやろう」とは言うのですが、本心では「今のままでいい」という空気を感じてしまって。そこが合わず、1年ほどで退職しました。
「物を作る側でいたい」── フリーランスへ
Q. そこから、正社員ではなくフリーランスを選ばれたのですね。
その会社が合わないと感じてから、次は正社員で探すのか、それともフリーランスという道もあるのか、と考えるようになりました。
正社員だと、どうしても目標設定や評価、それに年齢を重ねると、メンバーの育成といったところに重きが置かれてきます。ですが、私が本当にやりたいのは、やはり「物を作る」ことなんです。その軸を大事にしたくて、「それならフリーランスのほうが、物作りに近いところにいられるのかな」と思い、飛び込んでみました。
きっかけは友人の影響などではなく、もっぱらネットの情報でしたね。ちょうど「フリーランスになれば稼げる」といったWeb広告が盛んに出ていた時期で。正社員を2、3年経験したら、フリーランスになって一気に稼ごう、というような空気があった。そういう時代の入り口だったと思います。
約6年のフリーランス。その自由と、裏側

Q. 実際にフリーランスになってみて、いかがでしたか?
そこから、6年ほどフリーランスを続けました。目標管理もなければ、育成の責任もない。自分のアウトプットさえ良ければ、契約は続いていく。そういう働き方を経験してきました。
Q. デメリットは感じませんでしたか? 社会的信用など。
そこは、ほとんど感じませんでした。住宅ローンのようなものは弱くなりますが、私はもともと家を買うつもりもなかったので、気になりませんでしたし、賃貸も問題なく借りられます。強いて挙げれば、配偶者の扶養という概念がなくなる点くらいで、大きなデメリットはありませんでしたね。当時は、それだけ良い面が多い時代だったのだと思います。
潮目の変化 ──「フリーランスへの要求が、一気に上がった」
Q. 今回、正社員への転職を意識し始めたのは?
今年の3〜4月ごろです。直近で参画していた会社の経営状況が、どうも思わしくなさそうだ、と肌で感じ始めたのが一つ。
それに加えて、フリーランスの面談を受けても、求められる要求がかなり高くなっている、と感じたんです。フルリモートの案件がどんどん減っていて、「事業を推進できる人を」というような, ハードルの高い募集が増えていました。エージェントの方に相談したときも、「正直、フルリモートはもう厳しいですし、フリーランスへの要求も上がっています」と率直に教えていただいて。「これはもう、フリーランスは難しいかもしれない」と思い、慌てて正社員の道に切り替えました。
Q. なぜ、これほど要求が上がったのだと思いますか?
背景には、生成AIがあると思います。ちょっとしたことなら、自分たちでAIを使ったほうが速くて、コストも安い。「わざわざ高いフィーで、フリーランスを入れる意味は?」と問われる時代になってきた。だからこそ企業は、ジュニア層ではなく、事業そのものを推進できる人材を求めるようになったのだと思います。
もう一つ、これは自分が採用する側も経験して感じたことですが、フリーランスの方と面接をしても、「この人はすごい」と思える方は、正直それほど多くはありませんでした。技術の高さをアピールされる方は多いのですが、その技術が「ビジネスとして、きちんとお金になる形で使えているか」というと、そこまで踏み込めている方は少ない印象で。多少雑でも、事業として価値が生まれる形にできるか──そこを突き詰められる人が、本当に求められているのだと思います。
転職活動のリアル ── 年齢と、「事業推進力」の壁

Q. 実際の転職活動は、どのように進められたのですか?
まずビズリーチに、経歴書をきちんと整えて登録しました。そこからヘッドハンターやエージェントの方に連絡をいただいて、評価の高そうな方を中心に、3〜4社に絞ってお願いした、という進め方です。エージェントが多すぎても大変ですので。
Q. 活動の中で、苦労された点は?
まず、年齢です。会社側からすれば、年齢を重ねた人を採る理由は、正直あまりない。そこはかなり不利だと感じました。書類は比較的通ったほうだと思うのですが、面接では「物事を推進できるか」という点を強く求められて、そこをうまくアピールしきれなかったのが難しかったですね。
というのも、フリーランスという働き方の構造上、会社のコアな部分にまで踏み込む経験は、どうしても積みにくいんです。責任の範囲が限られている分、アピールできる材料が少なくなってしまう。ですから、これからフリーランスをされる方は、そこをよく考えて働かれたほうがいい、と自分の経験から思います。
Q. 企業は、どんな人材を求めていると感じましたか?
今の会社でも実感するのですが、たとえばPMを正社員で採っても、技術が分からず、管理もできない「伝書鳩」のような立場だと、物事は進まないんです。きちんと仕様を管理し、技術の要件定義もでき、課題が出れば解決できる。そういう人を、どの企業も本当に欲しがっている。ただ、それが現実にはなかなかいない、というのが実情だと思います。
決め手は「人」と「雰囲気」── 4回の面接
Q. 転職活動では、どんな姿勢を大切にされましたか?
経歴を綺麗に書こうと思えば書けますし、面接も取り繕おうと思えばできます。ですが、私はそういうことをしたくなくて。お互いに不幸になりますし、入ってから苦労するのは目に見えていますから。ありのままの自分で採ってくれるところがあれば行きたい、と思って、とにかく面接を受けまくりました。結果的に、たまたま運よくご縁のあるところが見つかった、というのが正直なところです。ただ、「偽らない」という軸だけはぶれずにいけたのは、良かったなと思っています。
Q. 最終的に、いまの会社に決めた理由は?
最終的に決めた会社では、4回も面接をさせていただきました。現場の方から、マネージャー、部長、執行役員まで、本当に全員とお話しさせていただいて。さらにリファレンスチェックもあり、その結果も踏まえて「ぜひ」と言っていただけた。皆さんとお話しする中で、とても良い雰囲気を感じたんです。
私はそもそも、生産性が上がるのは、みんなの雰囲気が良い場所でしかない、と思っていて。雇う側も、雇われる側も、人として波長が合う人で集まらないと、うまくいかない。その「波長の合う場所」を追い求めた結果が、今回の決め手でした。加えて、事業の利益率がとても高そうで、会社が存続していくうえで大事なところだと感じたことも、魅力の一つでした。
Q. 振り返って、転職のタイミングはいかがでしたか?
ベストだったと思います。直感で慌てて動き出したのですが、実はその後、前の参画先で本格的な人員整理が始まったんです。動けていなかったら、と思うと、本当に良かったなと。
そしてもう一つ。急速に進化した生成AIを見て、このまま40代、50代のエンジニアとして生きていくのは、相当厳しいだろうと感じたことも大きいです。生成AIは、本当にすごいですから。
AI時代に、エンジニアに求められるもの
Q. これからのエンジニアには、どんな力が必要だと思いますか?
40代・50代で「プログラミングができます」と言っても、「それは生成AIでやろう」となる時代です。では何が求められるかというと、私は、突き詰めればコミュニケーション力だと思っています。
ただ「話せる」という意味ではなく、心を開いて、信頼してもらえるようなやり取りができるか。ある役員の方が「大事なのは、可愛げだ」とおっしゃっていて、すごく腑に落ちたんです。綺麗な資料で課題を並べる営業ではなく、「美味しいものを買ってきたので、少し食べませんか」と場をほぐせるような。その裏では、システムの絵を描いて、AIをどう組み込むかまで考えられている。そういう、営業もエンジニアリングもできて、なおかつ気持ちよく話せる人が、これから求められるのだと思います。
技術があるのは、もう当たり前。そのうえで、和やかに、良い雰囲気で話せるか。キーワードさえ分かっていれば、あとは生成AIが答えを出してくれる時代ですから、磨くべきは、むしろそこだと思っています。
最後に ── 自分の生き方を、自分で決める

Q. 同じように悩むエンジニアへ、メッセージをお願いします。
もう、会社に依存した安定は、どこにもないと思うんです。大きな会社でも人員整理は起きていますし、その一方で「人手不足だ」とも言う。矛盾を抱えた時代です。
だからこそ、自分がどう生きていくかを、自分自身で決められるかどうかが問われている気がします。サラリーマンを続けるのも、やめるのも、どちらも選択肢。大事なのは、その選択を、人任せにしないことだと思います。
同じように40代・50代で、フリーランスと正社員のあいだで悩まれる方は、これからたくさん出てくると思います。私自身の経験が、そういう方が少しでも楽になる材料になれば、嬉しいです。