7月10日、cseeman氏が「Return on Attention: Why AI Code Reviews Are Wearing Us Out」と題した記事を公開した。この記事では、AIコードレビューボットの乱用によって開発者の注意力(アテンション)が消耗しつつある問題について詳しく論じられている。
ボットがボットにレビューする時代の歪み
GitHub CopilotやCodeRabbit、PR-AgentといったAIコードレビューツールの導入が広がり、PRへの自動コメントはもはや珍しくない光景になった。チームが拡大してPR数が増えると、レビューの負荷も増す。そこで手を伸ばすのがAIレビューボットだ。cseeman氏のチームでも、すべてのPRに自動で走るAIレビューボットを導入し、さらに個人でもLLMを使ってレビューコメントを下書きするメンバーが増えた。
その結果、起きたのは予想通りの事態だ。ボットがコメントし、別のボットがそれに返信する。LLMが「バグを発見した」と自信満々に報告したその指摘自体が、文脈を知らないモデルが作り出した幻のバグだった。これがAIコーディング支援の本質的な問題のひとつ——「自信を持った誤り(confident wrongness)」である。
コメントは冗長になり、チームメンバーらしい言葉遣いが消えた。不要な参照や引用が大量に付き、PRのスレッドは「AI slop」(AIが生成した低品質・大量のテキストを指す俗語)で埋まっていった。
チームから挙がった不満は具体的だ。
- コメントに十分なコンテキストが含まれていないか、逆に余分な情報が多すぎてPR外に確認しに行く必要がある
- コードを読めば1分でわかる内容を段落で説明されると、時間の節約ではなく時間のロスになる
「注意力のROI」という概念
この問題の本質を言語化したのは、チームのCEOだ。Slackでの発言として紹介されている。
熟練した同僚の有限な注意力は、LLMが生成したコンテンツによって簡単に圧迫される。人間の注意力こそが最も守るべき希少資源であり、「生産コストが低いが消費コストが高い」文章を互いに押しつけ合うことは、明確なアンチパターンとして扱うべきだ。
彼が提唱した概念が ROA(Return on Attention)——「誰かに読んでもらう言葉は、その人が読むコストに見合う価値がなければならない」という考え方だ。
同週に起きた実例が2つ挙げられている。Architecture Decision Record(アーキテクチャ決定記録、以下ADR)に大量の繰り返しが含まれ、同僚がそれを全部読まされた。そして、ディレクトリを1行gitignoreするだけのPRに、1,430文字のPR説明文がついてきた。どちらも「ROAが最悪」な例だ。
コード品質の問題ではない。自分が30秒の編集を省くために、相手の注意力にどれだけのコストをかけてよいか、という問題だ。
記事ではnoslopgrenade.comも紹介されている。チャットやメールに大量のAI生成テキストを貼り付ける行為を「slop grenade(スロップ・グレネード)」と呼んで問題視するサイトで、コードレビューと同じ構造の失敗だと指摘している。※なお、noslopgrenade.comへのリンクは元記事に記載のあるものだが、サイトの継続性については読者自身で確認されたい。
自分自身への正直な告白
cseeman氏が記事の中で最も率直に書いているのが、自分自身の変化だ。
問題を自分で考え抜く前にモデルに投げるようになり、「まず自分で考え、それから質問する」というワークフローの規律が緩んでいくのを感じたと書いている。答えが間違っていたからではなく、思考するプロセス自体をスキップするようになったからだ。
また、Claudeに対して具体的に戦っているクセとして、設計判断をコードコメントに書き込む癖を挙げている。「こちらではなくこの実装を選んだ」という記述がコメントに現れるが、そういった情報はPR説明文やコミットメッセージに書くべきものだ。コードコメントに残しても、誰かが後で変更した際に削除されず、古い判断が嘘をつき続けることになる。
AIが手軽に使えるようになった分、「自分で考える」という習慣の摩耗は開発者個人の問題にとどまらず、チーム全体のレビュー文化やナレッジの質にも影響を及ぼす。この点は、AIコーディング支援の普及が進む今、多くのチームが直面しうる構造的な課題だと言える。
基準は「あなたの名前で出せるか」
cseeman氏が自分に課しているルールはシンプルだ。
レビューコメントはあなたに帰属する。 AIが下書きしたとしても、質問や反論を受けるのは自分だ。PR著者はそのコメントを「あなたの判断・あなたの言葉」として読む。
だからサブミット前に問うべき質問は一つ——「この長さで、このトーンで、自分ならこう言ったか?」。答えがNoなら、プロンプトを改善するのではなく、自分で編集する。自分らしくない部分は削る。
AIレビューボット自体が問題なのではない。コメントが読む側より書く側を楽にするためだけに存在するとき、それは価値ではなくコストになる。
詳細はReturn on Attention: Why AI Code Reviews Are Wearing Us Outを参照していただきたい。