7月12日、The Next Webが「Why Chinese devs pay more for GPT-5.6 than DeepSeek」と題した記事を公開した。OpenAIのGPT-5.6はDeepSeekより出力トークン単価で最大約34倍高いにもかかわらず、中国のエンジニアたちの間で支持が広がっている。その背景には、単価ではなく「タスクあたりの実コスト」で見たときに起きる逆転がある。なお本稿の情報は2026年7月13日執筆時点のものであり、各モデルの仕様・価格は変動する可能性がある。
「1トークン単価」という指標が壊れている
AI APIのコスト比較では、1トークンあたりの単価が使われることが多い。だが、GPT-5.6を巡る議論はその前提を崩している。
OpenAIが米政府の承認を経てリリースしたGPT-5.6は、フラッグシップのSol、バランス型のTerra、軽量版のLunaの3段構成だ。
| モデル | 入力($/百万トークン) | 出力($/百万トークン) |
|---|---|---|
| Sol | $5.00 | $30.00 |
| Terra | $2.50 | $15.00 |
| Luna | $1.00 | $6.00 |
これを中国勢と比べると、ZhipuのGLM-5.2は入力$1.40・出力$4.40。DeepSeek V4に至っては入力$0.44・出力$0.87だ。出力トークンの単純比較ではSolはDeepSeek V4の約34倍になる。ただしこの34倍という数字は出力トークン単価のみの比較であり、実際の請求額は入力トークンの比率やプロンプト設計によっても大きく変動する点には注意が必要だ。
ところが、Artificial Analysisの計測によれば、コーディングエージェントタスク(複数ステップの自律的なコード生成・修正タスク)においてGPT-5.6が消費した出力トークン数は、DeepSeek V4の約9分の1だった。しかもタスク達成スコアはGPT-5.6の方が上だ。Artificial Analysisはモデルのベンチマーク・価格・速度を横断的に計測・公開している独立系評価機関であり、同計測の詳細な方法論や対象タスクの定義については同サイトの方法論ページで確認できる。
単価が34倍でもトークン消費量が9分の1なら、実際の請求額はほぼ同等か安くなり得る。これが「高くても買う」という判断の根拠だ。
ユーザーが体感していること
この議論は数字だけの話ではない。South China Morning Postの取材に応じた実際のユーザーたちの証言が具体的だ。
カナダのAIスタートアップQuotaflowの共同創業者・李一涛氏は「ChatGPTは問題を体系的に解く点で際立っており、大規模プロジェクトに向いている」と述べた。エンタープライズ用途では、単なる質問応答ではなく「専門的な判断を下し、長い多段階の推論を維持できるシステム」が求められているという。これはモデルの「思考の一貫性」、すなわち長いコンテキストを保持しながら前提を崩さず推論を積み上げる能力への評価と読める。安価なモデルでは同等の品質を得るために試行回数やプロンプト調整が増え、かえって人的コストと請求額が膨らむというトレードオフが背景にある。
湖北省のユーザー・Vincent Liu氏は、GPT-5.5と比べて多ターンの会話でのドリフト(脱線)が減ったと報告している。「元のフレームワークをベースに思考を展開できる」という表現が印象的だ。ドリフトの低減は単なる使用感の改善にとどまらず、エージェントが複数ターンにわたって正確な文脈を保持できるほど、途中でのリセットや手動修正の頻度が下がり、消費トークン数の削減にも直結する。
中国版Instagram的なSNS・小紅書(Xiaohongshu)では、あるユーザーがサブエージェントの活用と「極めて高いトークン効率」を称賛。微博(Weibo)では、インターフェース開発の作業時間が数時間から約30分に短縮されたという報告もある。これらの証言は少数のアーリーアダプター層によるものであり、広範な中国の開発者を代表するサンプルではないが、エージェント的なワークフローにおける高効率モデルの優位性を示す定性的な根拠として注目に値する。
「届かない市場」での高評価というアイロニー
ただし、この賞賛には大きな留保がつく。中国本土ではOpenAIのサービスは正式に利用できない。これらのユーザーは全員、VPNやサードパーティのプロキシを経由してアクセスしている。
つまりOpenAIにとって、ここは正規には存在しない市場だ。称賛を寄せているのも、ファイアウォールを越えてまで使うほど関心の高い層に限られる。中国の開発者の大多数は国産ツールへの集約を進めており、このサンプルは代表的とは言い難い。
なお、OpenAIは同時期にChatGPT Workもリリースしている。複数アプリをまたいで情報を収集し完成したドキュメントを生成するエージェントで、まさにこれらのユーザーが語るエンタープライズワークフローを狙った製品だ。
なぜこの議論が今重要か
トークン単価は過去2年で劇的に下落した一方、エンタープライズのAI請求額は逆に増加している。単価が下がっても使用量が増えるためだ。その文脈で「タスクあたりのトークン消費量」という指標はむしろ重みを増している。
DeepSeekが価格戦争を仕掛けて以来、APIコスト比較はトークン単価の横並びになりがちだった。GPT-5.6を巡る議論は、モデル選定の軸をレートカードから実効コストへと引き戻す動きとして読める。
詳細はWhy Chinese devs pay more for GPT-5.6 than DeepSeekを参照していただきたい。