7月10日、Nature.comが「Which 'AI scientist' suits your lab? A guide for the perplexed」と題した記事を公開した。この記事では、研究室向けに乱立する「AIサイエンティスト」ツールの特徴と使い分けの指針について詳しく紹介されている。
30分でゲノム解析——Claude Scienceの衝撃的なデモ
記事の冒頭を飾るエピソードが強烈だ。スタンフォード大学の遺伝学者・心臓病専門医Euan Ashleyは、2010年に31人のチームで9ヶ月かけて初の臨床ヒトゲノム解析を行った。それと同等の解析を、Anthropicが6月30日にリリースしたClaude Scienceが30分で完了したという。解析結果はアルツハイマー病リスク対立遺伝子と薬物代謝に関わる遺伝子変異を正確に特定。AshleyはLinkedInに「これが全く驚異的でない世界は存在しない」と投稿した。
Claude Scienceは生物学研究を強く意識して設計されたプラットフォームで、タンパク質折りたたみ予測・設計のオープンソースAIツールBoltz-1を展開するBoltzをはじめ、数十の専門ソフトウェアシステムと連携できる。
「AIサイエンティスト」とは何か
これらのツールは大規模言語モデル(LLM)をベースとしたエージェント型AIだ。ユーザーのリクエストを複数のステップに分解し、外部ソフトウェアを必要に応じて呼び出す形で動作する。文献レビュー、データ解析、図の生成、論文執筆支援などが主な用途である。
AlphaFoldのような特定タスク専用モデルとは異なり、汎用的に動作しつつ、専門モデルを組み合わせて使える点が特徴だ。AlphaFoldがタンパク質構造予測という単一タスクで革命をもたらしたとすれば、エージェント型AIはその先——仮説生成からデータ解析、論文執筆支援まで研究プロセス全体を横断する存在として位置づけられる。現時点で主要なツールは以下のとおりだ:
- Claude Science(Anthropic):生物学研究向け、6月30日リリース
- OpenAIの科学向けツール群:文献調査・推論に強みを持つDeep Researchや、コード生成・データ解析を得意とするエージェント機能を含む複数のツールで構成される
- Co-Scientist(Google DeepMind):文献や各種ソースから科学的仮説を生成
- Biomni:学術研究者が開発したオープンソースツール、Science誌に7月9日付で掲載
実際の研究現場での使われ方
ケンブリッジ大学の免疫学者Clare BryantはCo-Scientistの初期採用者の一人だ。人畜共通感染症の免疫応答を研究していたBryantは、Co-Scientistにグラント申請書と追加データを入力した。生成されたアイデアの中には実行不可能なものもあったが、チームの専門領域に合致するものもあった。現在、彼女のチームはCo-Scientistが提案した実験——自然免疫タンパク質に特定変異を導入してインフルエンザ感染への影響を調べる——を実際に検証中だ。Bryantは「自分でも最終的には同じ実験にたどり着いたかもしれないが、2年かかっていた可能性がある」と語る。
スタンフォードの生物医学科学者Gary Peltzは、Co-Scientistを使って肝臓線維症のオルガノイドモデルに既存薬を転用できるかを探索した。「まるでオラクル(神託)と話しているようだ」という彼の感想は、現場の感覚を端的に表している。
一方、ロンドンのBoltz社のGabriele Corsoのチームは、Claudeエージェントに2つの治療標的を認識する抗体の設計を任せた。出力結果はタンパク質設計の専門家の直感と一致したという。実験的な検証は行っていないが、AIエージェントで作られた別の抗体では検証済みのものも存在するとCorsoは述べている。
どのツールを選ぶべきか——実践的な指針
クラウドプラットフォームBenchlingの共同創業者Ashu Singhalは、ラボへのAIサイエンティスト導入が完全に定着しているのはまだ20%未満と見積もる。「ヘッドラインで語られることをそのまま信じるのではなく、実際に試してみることが重要だ」と彼は言う。
使い分けの目安として、記事では以下の考え方を示している:
- Co-Scientistのような仮説生成AIは、プロジェクトの最初期段階で有効
- Claude ScienceやBiomniは、ゲノムデータ解析など具体的なタスクの実行に向く
- まずは検証しやすい小さなタスクから始めること。「最悪、やり直せばいい」(Corso)
「私が通常数時間かかる作業が数分でできるようになった。人間が本当に必要とされる科学に時間を使える」——Biomniの共著者でスタートアップPhyloの共同創業者Yuanhao Quはそう語る。
こうした急速な普及の一方で、研究結果の再現性や出力の信頼性評価、さらには研究における人間の責任の所在といった課題も浮上している。AIが仮説を提案し実験計画を立案する時代において、科学的知見の品質管理をいかに担保するかは、ツール選定と並んで研究コミュニティ全体が向き合うべき問いといえる。
詳細はWhich 'AI scientist' suits your lab? A guide for the perplexedを参照していただきたい。