7月10日、The Decoderが「The Fed wants AI investor Marc Andreessen to help figure out if AI can tame inflation」と題した記事を公開した。ベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセンがFRBの政策検討に直接関与することになったが、その構図には利益相反という根本的な問いが付きまとっている。
FRBが「AIはインフレを抑制できるか」を本格検討
FRB議長のケビン・ウォーシュは、ベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセンを、2026年7月9日に発表されたFRBの作業部会の共同座長に任命した。アンドリーセンが担うのは5つある作業部会のうち「生産性と雇用(Productivity and Jobs)」と呼ばれるものの共同座長3名のうちの1人という役割であり、「金融政策顧問」という肩書きが与えられたわけではない。部会の役割は、AIを含む新興基盤技術が経済に与える影響を研究することである。
共同座長にはアンドリーセンのほか、AIスタートアップAnthropicに出向中のスタンフォード大学経済学者チャールズ・I・ジョーンズと、マイクロソフト幹部のアーシャ・シャーマが名を連ねる。アンドリーセンはトランプ大統領の科学技術諮問委員会(PCAST)にも参加している。
ウォーシュの仮説:AIはデフレ圧力になる
この任命の背景にあるのは、ウォーシュ議長のAIに対する見立てだ。彼は2025年11月のウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿で、AIは「重大なディスインフレ的な力」になると論じた。ディスインフレとは、物価そのものが下落するデフレとは異なり、インフレ率の上昇ペースが鈍化していく状態を指す。
論理の骨格はこうだ——AIの普及が生産性を高め、経済全体の潜在的な産出量を拡大することで、物価上昇圧力が和らぎ、FRBが利下げできる余地が生まれる。
ウォーシュはこの構図を、アラン・グリーンスパン元FRB議長の判断になぞらえている。元記事によれば、グリーンスパンは1990年代後半のIT革命による生産性向上を見込んで、当時の経済過熱にもかかわらず1996年半ばから1998年末にかけての大半の期間で利上げを見送り、1997年3月にわずか1回小幅な利上げを行ったにとどまった。ウォーシュはこの「生産性向上を先読みした金融政策」を現在のAI局面に重ねているが、これはあくまで記事中での類推的な引用であり、グリーンスパン自身が現在の議論に言及しているわけではない点に注意が必要だ。
ただし、この論理は必ずしも一本道ではない。期待所得の上昇や投資需要の拡大が、逆に中立金利を押し上げる可能性もある。ウォーシュ自身も、ロイター報道によれば「FRBはまだ生産性効果を確かに測定できない」と認めている。
「AIはむしろインフレを引き起こす」という反論
FRB内部や経済学者の間には、AIインフラ整備が先にインフレ圧力を生むという見方も根強い。AIデータセンターへの大規模投資が、半導体・エネルギー・原材料への需要を急増させ、幅広い生産性向上が実現するより先に物価を押し上げるという構図だ。
ドイツ銀行の試算では、2030年までにAIデータセンターへの累積投資が4兆ドルを超える可能性があるという(ロイター報道)。その影響はすでにメモリチップ市場に現れている。
エネルギー面でも、FRB当局者は送電網のボトルネックや供給制約によるインフレリスクを警告している。FRB理事のマイケル・S・バーは2026年2月17日の講演(本記事公開時点より前の情報)で、「AIブームが利下げの理由になる可能性は低い」と明言した。もっとも、長期的にはバーでさえ正の生産性効果を見込んでいる。
利益相反の問題
この任命をめぐっては、利益相反の懸念も浮上している。アンドリーセンが率いるAndreessen Horowitz(a16z)はAI企業に多額の投資を行っており、「AIは経済にプラス」という結論がa16zのポートフォリオ企業の評価に直結しかねない立場にある人物がFRBの政策検討に関与することへの批判は避けられない状況だ。
作業部会という形式上、アンドリーセンに直接的な政策決定権限があるわけではないが、分析の前提や論点の立て方に影響を与えうる立場であることは確かである。
AIの経済インパクトをめぐる議論は学術・民間レベルにとどまらず、金融政策の中枢に組み込まれた。FRBが「AIはインフレを抑制するか、それとも加速させるか」という問いに対してどんな結論を出すかは、今後の利下げ判断にも直結しうる。
詳細はThe Fed wants AI investor Marc Andreessen to help figure out if AI can tame inflationを参照していただきたい。