7月7日、AI Weeklyが「Developer audits YC CEO Garry Tan's 37K AI lines-per-day claim」と題した記事を公開した。Y CombinatorのCEOであるGarry Tanが主張する「AIエージェントで1日3万7,000行のコードを出荷」という数字を、一人の開発者が実際にコードを調査して検証した件を詳しく紹介している。
「1日37,000行」という主張とその文脈
Y Combinator(以下YC)のCEOであるGarry Tanは、Xへの投稿で「エージェント型エンジニアリングにより、5つのプロジェクトで1日3万7,000行のコードを出荷し続けており、72日連続でまだ加速している」と述べた。
この発言が注目を集めた背景には、AIコーディングツールをめぐる昨今の熱狂がある。GitHub CopilotやCursorといったAI支援ツールが普及し、「AIが開発者の生産性を劇的に向上させる」という言説はいまや珍しくない。しかしその中でも、具体的な数字を伴った主張をYCという業界有数の影響力を持つ組織のトップが公言したことは、異例の重みを持つ。YCはこれまで数千社のスタートアップに投資・指導してきており、その創業者コミュニティへの影響力は計り知れない。Tanの発言は単なる個人の体験談ではなく、「これが正しいエンジニアリングのあり方だ」というシグナルとして受け取られうる立場からのものだった。それゆえ、この主張の中身を問うこと自体に大きな意味がある。
開発者による実地監査
ポーランドの開発者でXハンドル「Gregorein」を名乗るエンジニアが、Tanの公開サイトのコードを実際に調べて結果をXに投稿した。
監査で判明した数字が鮮烈だ。Tanのサイトのトップページを1回読み込むと、169リクエスト・6.42 MBのダウンロードが発生する。Gregoreinが引き合いに出したのが、YC自身が運営するHacker Newsだ。あちらは7リクエスト・12 KBである。
具体的な問題点として以下が報告されている:
- テストファイル28本が訪問者全員に配信されている
- そのページでは使われていない**Stimulusコントローラが78本**ダウンロードされる(※StimulusはHotwireが提供するJavaScriptフレームワーク。コントローラとはUIの振る舞いを定義するモジュール単位のこと)
- ロゴが8つのフォーマットで存在し、そのうち1つは0バイトの壊れたAVIFファイルが本番環境に混入(※AVIFはAOMedia Video 1をベースとした次世代画像フォーマット)
- 記事画像が2.07 MBと1.99 MBの非圧縮PNG
- 読み取り専用ページに520 KBのリッチテキストエディタがロードされている
- alt属性が空の画像が47枚
Gregoreinはサイト全体のコード量を78,400行と算定し、「AIスロップ(AI slop)コード」と形容した(※AI slopとは、AIが大量生成した低品質・冗長なコンテンツやコードを指すスラング)。
検証が問いかけるもの:コードレビューはどこへ行ったのか
Fast Companyもこの件を報じており、その記事の中で引用されたGregoreinの言葉が核心を突いている。
「AIはどんな人間よりも速くコードを生成できる。Garryのような人たちの答えは、だからレビューをやめろということらしい」
これは一個人のブログの品質問題ではない。YCはスタートアップに対して大きな影響力を持つ。「このやり方を真似せよ」と言われた創業者が増えるほど、エージェントが生成したコードがレビューなしに本番環境へ流れ込むリスクが広がる。
監査の限界と留意点
この件には正直なただし書きも必要だ。これはあくまで一つのサイトに対する単独の検証であり、生の行数カウントは生成されたボイラープレート、テストコード、削除行で膨らみやすい。Tanがエージェントの裏でリンター、CI、あるいは人間によるレビューを走らせているかどうかは、今回の報道では明らかになっていない。YC側からの公式なレスポンスも現時点では伝えられていない。
「行数/日」はもはや信頼できる指標ではない
今回の件が示すのは、行数は出力量の指標にはなっても品質の指標にはならないという当然の事実だ。圧縮されていない画像、本番に混入したゼロバイトファイル、使われないコントローラ——これらは人間が書いても起きうるミスだが、エージェントが無審査で量産するとスケールする。自動レビュー、Webパフォーマンス計測(Lighthouse等)、あるいは古典的なコードレビューの重要性が改めて浮き彫りになった形だ。
詳細はDeveloper audits YC CEO Garry Tan's 37K AI lines-per-day claimを参照していただきたい。