7月10日、Daily Mailが「Protect your career from AI by doubling down on 'human skills'」と題した記事を公開した。AIによる雇用代替が抽象論を超えて現実の数字として現れ始めるなか、キャリアを守るために何を磨くべきかを、ミシガン大学のイノベーション研究者の言葉を軸に掘り下げた内容だ。Daily Mailはタブロイド系の大衆紙として知られるが、本記事はキャリア・経済面の報道であり、学術的な発言の引用と複数の調査データを根拠としている。
「答えは安くなった。判断力は今や希少品だ」
ミシガン大学ロス・スクール・オブ・ビジネスのJeff DeGraff教授(イノベーションと未来の仕事を研究)は、AIが急速にエントリーレベルの職を侵食しているとしながらも、判断力・創造力・適応力・センスメイキングといった高次思考スキルはAIに置き換えられないと主張する。
DeGraffは「AIには3つのレベルがある。最初のレベルは効率と生産性の向上で、それがまさに典型的なエントリーレベルの仕事だ」と指摘する。若者にとっての「キャリアの一段目」がAIに奪われつつある状況を、彼は率直にこう表現した。
「若者たちは、スキルをどうやって積み上げてキャリアを昇っていくかという問題で、最も大きな打撃を受けている」
数学・データ分析・サプライチェーン管理など、定型的な分析業務に依存するエントリーポジションは特に脆弱だと彼は言う。AIはそれらをより速く、より正確にこなせるからだ。
CloudflareがAI導入で1,100人削減——現実はすでに動いている
この議論は抽象論ではない。Cloudflareは最近、1,100人以上の従業員を削減した。Business Insiderが入手した社内メモによれば、同社のAI利用は3カ月で600%以上急増し、スタッフが毎日何千ものAIエージェントセッションを実行しているという。
Cloudflareの事例はDeGraffの主張と地続きだ。削減されたのは定型業務を担う職種であり、AIが「最初のレベル」——効率・生産性の向上——を着実に肩代わりしていることの傍証といえる。
2025年のYouGovの調査では、米国のAIユーザーの58%が事実確認や素早い回答にAIを活用していることも明らかになっている。情報収集・照合・要約といった業務がAIの守備範囲に入った今、エントリー職の存在意義は構造的に問い直されている。
DeGraffが挙げる3つの「AIに代替されないスキル」——どう磨くか
1. センスメイキング(Sense-making)
DeGraffが最も重視するのがこの概念だ。複数のAIが競合する答えを出してきたとき、何が重要かを見極め、意思決定に結びつける能力を指す。経営学では「曖昧な状況に意味を与え、行動の根拠を構築するプロセス」として知られる考え方で、組織行動論の文脈でも注目される概念だ。
彼はこう描写する。「かつて6週間と60万ドルかかっていたコンサルティングレポートが、今や6時間で生成できる。ただし、1つではなく複数の競合する結論が出てくる」。そのとき、どの結論を採用するかを判断できるのは人間だけだ。
「答えが安い時代に入った。だが判断力は値がつけられない」——DeGraff
センスメイキングを磨く実践としてDeGraffが示唆するのは、AIが出した複数の結論をそのまま受け取るのではなく、前提条件・データソース・論理の飛躍を自ら問い直す習慣を持つことだ。「なぜこの結論か」を問い続けることが、判断力の筋力を維持する。
2. 創造力
AIは既存システムの最適化やプロジェクト管理には長けているが、本当の意味でのブレークスルーや全く新しいアイデアの創出はまだ苦手とDeGraffは言う。人間の創造力が最も差別化できる領域だ。
DeGraffによれば、創造力は「天賦の才」ではなく、異なる分野・文脈を意図的に横断することで鍛えられる。専門領域の外に積極的に踏み出し、異質な知識同士を接続する経験を積むことが、AIには模倣しにくい発想力の源泉になるという。
3. リーダーシップ
タスクの自動化はAIに任せられても、優先順位の設定・不確実性のナビゲート・組織を難しい意思決定に導く能力は依然として人間が担う。DeGraffはこれを「リーダーシップは値がつけられず、永遠に必要とされる」と表現した。
AIが「何をすべきか」の選択肢を並べることはできても、「なぜそれをするのか」という意味と方向性を組織に与えるのはリーダーシップの仕事だ。DeGraffは、不確実性の高い状況で意思決定し、その結果に責任を持つ経験こそがリーダーシップを育てると述べている。
「ビートルズにとってのジョージ・マーティン」
DeGraffはAIを脅威として捉えるのではなく、「ビートルズにとってのジョージ・マーティン」——クリエイティブな自由度を広げてくれる協力者——として見るべきだと主張する。ジョージ・マーティンはビートルズのプロデューサーとして、メンバーの音楽的ビジョンを技術的に具現化し、表現の幅を広げた人物だ。AIも同様に、人間の判断や創造力を代替するのではなく、増幅させる道具として位置づけるべきだという視点だ。
この見方は小規模事業の実態データとも一致する。米国商工会議所の調査によれば、小企業の58%が生成AIを活用しており、そのうち82%が2024〜2025年にかけて従業員数を増やした。AIを制限されると成長が阻害されると答えた小企業は**77%**に上る。
DeGraffはこう言う。「1人か2人で10億ドル企業を作る事例が出始めている」。
大学はまだ「10年遅れ」——それでも悲観しない理由
ミシガン大学自身がAI時代の人材育成に力を入れているが、DeGraff自身は「ほとんどの大学はAIの進化に対して少なくとも10年は遅れている」と認める。
それでも彼は悲観的ではない。センスメイキング・リーダーシップ・創造力が教育の中心に置かれれば、自動化は若者にとっての「ルネサンス」になりうると述べている。定型業務が消える分、人間の想像力と判断力の価値が相対的に上がるからだ。
また若者たちはすでに、従来の企業ヒエラルキーから離れ、共通の関心や価値観を軸にした柔軟なネットワークを自律的に形成し始めているとも指摘する。DeGraffはこれを「意味のフェデレーション(federations of meaning)」と呼ぶ。職能や肩書きではなく「何を大切にするか」という意味の共有を核として人々が緩やかに連帯する構造のことで、中央集権的な組織に依存しないキャリア形成の新たな形として提示されている概念だ。
詳細はProtect your career from AI by doubling down on 'human skills'を参照していただきたい。