7月10日、TechTargetが「Bans on AI layoffs: Current laws and what might come next」と題した記事を公開した。ニューヨーク州でAIレイオフの開示義務が施行されて以来、AIを理由に解雇したと申告した企業は1件もない。だが、それはAIを理由とした解雇が起きていないからではなく、企業が「業績悪化」「組織再編」といった別の名目を使えば開示を回避できるからだ。中国では「AI導入を理由とした解雇は不当」という判決が下され、EUは協議義務を課す。しかし世界を見渡しても、実効性のある保護はまだほとんど存在しない。本記事はIT業界アナリストでもある筆者Chris Tozziによるオピニオン記事であり、以下はその内容の紹介である。
AIによる解雇は今どれくらい起きているのか
前提として、AIによる雇用への影響の規模は、現時点では一般に語られるほど大きくはない。National Universityの調査では、AIや自動化によって職を失ったと回答した米国労働者は**13.7%**とされている。一方、Information Technology & Innovation Foundationの2024年の報告によれば、AIが消した雇用より生み出した雇用の方が多かったとされる。筆者Chris Tozziは、テック経営陣によるホワイトカラー大量代替の予測に対し、「それを裏付ける証拠はほとんどない」と明確に述べている。
現行法の整理:AIレイオフを制限する規制はどこにあるか
世界を見渡すと、AIによる解雇に対して何らかの制限を設けている主要な地域は現時点で3つだ。
中国:最も強力な判例
中国・杭州の控訴裁判所は、「AI導入を理由とした人員削減は認められない」という判決を下した。中国の労働契約法では、解雇が許可されるのは企業の制御が及ばない事情に限られており、裁判所はAI採用がその条件に該当しないと判断した。これは、AIから雇用を守る法的先例として現時点で世界最大のインパクトを持つ。ただし中国の司法制度は党・政府の方針と密接に関係しており、この判決がそのまま国際的な先例として機能するかどうかは別途評価が必要だ。
EU:直接禁止ではないが、制約は存在する
**EU AI Act**(2024年8月発効)には、AIを用いた労働者に関する意思決定を「高リスク」用途として位置づけ、透明性の確保や人間による監督を義務付ける条項が含まれる。また、EUの労使協議の枠組みのもとで、AI導入前に労働者代表との協議を義務付けている指令も存在する。AIレイオフを明示的に禁止するものではないが、導入プロセスに実質的な制約を課している。
米国:開示義務はあるが、禁止はない
ニューヨーク州は、AIがレイオフの理由である場合の開示義務を2025年初頭から施行しているが、禁止や罰則はない。施行以来、AIを理由に挙げた企業は1件もないとされるが、前述のとおり企業が「他の理由」を挙げることで開示を回避できるためだと筆者は指摘する。開示義務が機能するためには、AIによる代替を立証するメカニズムが不可欠だが、現行法にはそれがない。
カリフォルニア州ではSB 951という法案が提案されており、「技術的置き換え」による解雇の60日前通知を義務付ける内容だ。2026年7月時点での成立・施行状況については元記事に記載がなく、カリフォルニア州議会の最新情報を確認されたい。
今後の見通し:4つの論点
筆者Chris Tozziはアナリストとしての知見に加え、歴史学の研究者という立場から労働規制の変遷を踏まえ、今後について以下の4点を整理している。なお、これらは筆者個人の見解に基づくものである。
1. 米国での強力な保護は期待薄
米国の労働保護は歴史的に他の先進国より弱く、組合運動も長期的に衰退してきた。AIが主に脅かすのはホワイトカラー(知識労働者・専門職)だが、米国の労働運動はブルーカラー中心に展開してきた経緯がある。ホワイトカラー労働者が2023年時点で米労働人口の約半分を占める点は政治的な考慮材料になりうるが、経済効率を優先する政治文化が短期間に逆転するとは考えにくい、というのが筆者の見立てだ。
2. 地域ごとの規制格差が企業の「抜け穴」になる
規制が強化されても、国・州ごとにバラバラになる可能性が高い。特にホワイトカラーのソフトウェアエンジニアやナレッジワーカーは「どこでも働ける」ため、企業が規制の緩い地域へチームごと移転するシナリオが現実的だ。工場の移転と違い、ソフトウェア開発チームの移転は安価かつ容易である。
3. 法律があっても抜け穴は多い
企業はAIによる人員削減を実行しながら、表向きは「業績悪化」「組織再編」を理由にすることができる。ニューヨーク州の開示義務でAI理由の申告がゼロであることがその傍証だ。規制が実効性を持つかどうかは、立証責任の設計次第である。
4. 「解雇禁止」が守るのは雇用だけで、生活ではない
仮にレイオフが禁止されても、給与削減や望ましくない部署への異動は別の話だ。雇用は守られても生活水準は守られないという状況が生じうる点は、規制の実質的な意義を考える上で見落とせない。
まとめ
中国の判例は先例として重要だが、世界の大半の労働者がAI解雇に対するロバストな保護を得る可能性は低い。一方で、AI導入と雇用維持は二者択一ではない。AIハルシネーション(AIが事実でない情報を生成するリスク)のような課題が残る以上、多くのプロセスで人間の関与は当面必要であり続ける——この点は、「AIがすべての仕事を奪う」という単純な議論に対する重要な留保でもある。
企業側は、規制が地域ごとに異なる現実を直視した上でコンプライアンス戦略を組む必要がある。働く側は、名目上の法的保護を過信しないことが求められる。
詳細はBans on AI layoffs: Current laws and what might come nextを参照していただきたい。