7月4日、The Decoderが「Anthropic launches its own drug discovery programs to tackle diseases Big Pharma considers unprofitable」と題した記事を公開した。Anthropicが製薬企業でもバイオテク企業でもなくAI企業として自社の創薬プログラムを立ち上げるという、業界の常識を逸脱した動きが注目を集めている。
AnthropicがAI創薬に自ら参入
Anthropicは、従来の製薬・バイオテク企業が収益性の低さを理由に手を出してこなかった疾患を対象に、自社で創薬プログラムを開始すると発表した。対象は前臨床段階(preclinical stage)、つまり動物実験や候補化合物の絞り込みといった初期フェーズに絞る。
同社はこの取り組みを非営利ミッションとの整合と位置づけており、同時に創薬という実務を通じてAIモデルやツールの改善につなげる狙いもあると説明している。発表は同社の新しい科学向けAIツール「Claude Science」の発表イベント内で行われた。
イベントでは、AIが医学研究を加速させる具体的な事例も紹介された。UCSFの研究者がClaude Scienceを使い、チームが1年間発見できなかったウイルス汚染を数分で特定したという。また、Claudeが希少遺伝性疾患(Rare Genetic Disease)100件を1時間以内に分析し、計算スクリーニングの候補として32件を抽出したとされる。
創薬プロセスへのAI導入で何が変わるか
イベントにはノバルティスCEOのVas Narasimhan氏も登壇し、現在の創薬プロセスの課題を整理した。同氏によれば、候補化合物の開発から承認まで現状では約12年かかる。その遅延の要因を以下の3つに分類している。
- 情報レイテンシ:論文・データ収集・解析の遅さ
- オペレーショナルレイテンシ:試験設計や意思決定プロセスの非効率
- 生物学的レイテンシ:動物実験、細胞モデル、臨床試験に必要な時間
AIが削減できるのは前者2つで、これらが開発期間全体の約40%を占める。生物学的レイテンシは大幅な短縮が難しいため、AIを最大限活用しても開発期間は7〜8年程度が現実的なラインとなると同氏は述べた。
またNarasimhan氏は、現在8%程度にとどまる創薬成功率が、安全性予測の向上や分子特性の最適化によって最大16%まで引き上げられる可能性を示した。製薬大手各社はR&Dに年間1500〜2000億ドルを費やしながら、過去120年で生み出した薬は800〜1000種類にすぎない。成功率が倍増すれば、その影響は業界全体に大きく波及する。
創薬AI競争の構図
この分野ではAnthropicだけが動いているわけではない。
DeepMindのDemis Hassabis氏はAlphabetとともにIsomorphic Labsを共同創業し、AI創薬に直接取り組んでいる。タンパク質構造予測ツールAlphaFoldは生物学分野におけるAI活用の代表例として知られる。なお、AlphaFoldの共同開発者でノーベル賞受賞者のJohn Jumper氏は最近Anthropicに移籍しており、今回の創薬プログラムとの関連が注目される。
OpenAIも2026年初頭にChatGPT Healthを立ち上げ、医療記録やApple Healthデータと連携できるヘルス機能を追加した。Google DeepMindはAI Co-Clinicianを発表し、治療全体を通じてAIエージェントが患者をサポートする仕組みを提案している。
一方、臨床現場での活用に対してはオックスフォード大学のCatherine Pope氏が「現実の医療の複雑さや人間的な側面から切り離された断片にすぎない」と指摘しており、専門家からの慎重論は依然として根強い。
Anthropicが製薬企業ではなくAI企業として創薬プログラムを持つのは異例だ。収益性の低い疾患領域に踏み込む姿勢は非営利ミッションの具体化として読める一方、実際の成果が出るまでには相応の時間がかかる領域でもある。
詳細はAnthropic launches its own drug discovery programs to tackle diseases Big Pharma considers unprofitableを参照していただきたい。