7月1日、RuntimeWire.comが「EquiLibre's DeepMind founders turn poker AI into a more than $500M quant-trading bet」と題した記事を公開した。この記事では、DeepMind出身の研究者3名がポーカーAIで培った技術をクオンツ取引(定量的取引)に転用し、評価額5億ドル超のスタートアップを立ち上げた経緯について詳しく紹介されている。
ポーカーAIが金融市場に転用された理由
EquiLibre Technologiesは、チェコのプラハを拠点とするAIトレーディングラボだ。共同創業者はMartin Schmid(CEO)、Matej Moravcik(最高科学責任者)、Rudolf Kadlec(CTO)の3名。いずれも元DeepMind・IBM研究者であり、アルゴリズムゲーム理論や強化学習の分野でPhDを取得している。
3人の技術的な出発点は、2017年に発表された**DeepStack**だ。DeepStackは、AIが「相手の手札が見えない」不完全情報ゲームであるヘッズアップ・ノーリミット・テキサスホールデムで、プロプレイヤーを打ち負かしたシステムである。従来の不完全情報ゲームAIが事前計算した戦略テーブルに依存していたのに対し、DeepStackはゲーム木の探索と深層学習による直感的な価値推定をリアルタイムで組み合わせる点に独自性があった。この設計思想が、刻々と変化する市場環境への適応という課題と親和性を持つ。
その後、3名は探索・自己対戦学習・ゲーム理論的推論を組み合わせたより汎用的なアルゴリズム**Player of Games**にも共著者として関わっている。Player of Gamesは、完全情報ゲーム(チェス・囲碁)と不完全情報ゲーム(ポーカー)の双方で強い性能を示した初の統一アルゴリズムとして注目を集めた。特定のゲームルールに依存しない汎用的なエージェント設計という方向性が、金融市場という「ルールが絶えず変わるゲーム」への応用を後押しした。
この研究歴が、金融市場への転用を自然なものにしている。Schmidが指摘するように、トレーディングのスコアは単純だ。「エージェントがいくら稼いだか」——それだけである。不完全情報下で競合が適応してくる環境は、ポーカーの問題構造と本質的に同じだとEquiLibreは主張する。
評価額5億ドル超、ただし開示は限定的
TechCrunchの報道によれば、欧州を拠点とする独立系VC**CreandumがリードしたシリーズAにより、EquiLibreの評価額は5億ドルを超えた**。CreandumのバイスプレジデントであるCameron Sellersは「同社がこれまで1社に対して一度に行った最大の投資」と述べている。なお、Creandumはスウェーデン発祥で欧州スタートアップへの投資に強みを持つ独立系VCであり、Spotifyなどへの初期投資で知られる。
ただし、シリーズAの調達額そのものは非開示だ。開示されていない情報は他にもある。
- シリーズAの具体的な金額
- 累計調達額
- Tower Research Capital(大手クオンツファンド)との提携の詳細な経済条件
TechCrunchによれば、EquiLibreはTower Research Capitalとの提携を通じてS&P500とナスダックで1日数十億ドル規模の取引を行っており、「設立以来、マイナス月はゼロ」と主張している。まず2025年に暗号資産市場で稼働し、その後株式市場へ展開したとされる。これらはEquiLibreによる自社申告であり、監査済みの数字ではない点は留意が必要だ。
「営業なし、マーケティングなし」——研究ファーストの姿勢
EquiLibreの公式サイトには「no sales」「no marketing」と明記されており、自社の評価基準はモデルとアルゴリズムの品質のみだと宣言している。これはSaaS的なエンタープライズ販売を前提にしたAI企業とは異なるポジショニングだ。
Schmid自身も、金融業界への参入動機は「市場を効率化したい」からではなく、「これまで誰も作ったことのないものを作ること」だと語っている。このスタンスが、VCが従来型のGo-to-Marketなしに高額投資できる根拠にもなっている——モデル性能が直接収益に変換される構造であれば、長い企業営業サイクルを経ずとも価値証明できる。
プラハ拠点と研究アドバイザリーボード
プラハを選んだのも意図的だ。EquiLibreの諮問委員会には、強化学習の創始者の一人である**Rich Sutton、囲碁AIの研究者Michael Bowling、Csaba Szepesvari、Michal Pechoucek、Murray Campbell**といった著名な研究者が名を連ねている。世界最高水準の競争環境である金融市場に挑みながら、深い技術研究をプラハで継続するという設計だ。
EquiLibreの優位性は、強化学習が金融界で未知であることではない。Schmid・Moravcik・Kadlecの3人が、不完全情報研究を「変化する市場」「取引コスト」「適応してくる競合」のなかで生き残るエージェントへと変換し続けられるかどうかにかかっている。ポーカーがベンチマークを与えた。市場がスコアボードを与える。
詳細はEquiLibre's DeepMind founders turn poker AI into a more than $500M quant-trading betを参照していただきたい。