6月30日、Futurismが「Bosses Are Becoming Obsessed With AI, Using It to Make Every Decision, Barraging Their Employees With Nonsensical ChatGPT Directives, and Even Asking It Who to Fire」と題した記事を公開した。AIを「神託」として扱い、人事・戦略・日常業務のすべてをChatGPTに委ねる上司たちが、職場を機能不全に追い込んでいる——その構造的な問題を、複数の当事者証言をもとに描き出している。
「聖書」を配布した上司
ある法律系スタートアップで働いていた弁護士の話は、その極端さで群を抜いている。
彼女の上司はまず、SlackメッセージやメールをChatGPTで生成し始めた。次に全社員にAI利用を義務付け、「会議前や自分に連絡する前にAIと話し合わなければ、仕事に真剣でない証拠だ」と宣言した。
さらに上司は採用・解雇の判断をChatGPTに委ねるようになった。有料のChatGPTサブスクリプションを3つ購入し、社員に共有アカウントとして使わせたが、これが予期せぬ結果を生んだ。社員たちも上司のチャット履歴を閲覧できることに気づき、「誰が解雇され、誰が昇進するかを先回りして調べるために」上司のAIとの会話を監視し始めたのだ。
上司はChatGPTとの会話を経るたびに事業の方向性を転換した。「世界の死因第1位は医療過誤だからその分野に参入しよう」と言ったかと思えば、翌週には「破産案件に集中すべき」と告げる。彼女自身も在籍中に3回、役職と職務内容が変わったという。
そして最終的に上司が作ったのが、社内で「バイブル(The Bible)」と呼ばれた数百ページの文書だ。毎週内容が変わるこのPDFをChatGPTに読み込ませ、「今日は何をすべきか」「この問題をどう解決するか」を社員が自分でAIに問い合わせることが想定されていた。人間に何も聞かせないための仕組みである。
「私が辞めた理由は100%、AIの使い方のせいだ」と彼女は語った。
なぜこうした事態が起きるのか。AIへの過度な依存の根底には、「AIは中立で正確な判断を下す」という誤った前提がある。しかし実際のLLM(大規模言語モデル)は、入力されたプロンプトの意図に沿った回答を生成する傾向があり、判断の責任を負わない。権限を持つ人間がAIを「意思決定の外注先」として扱うとき、組織の合理性は急速に失われていく。
「AIは自分が正しいことを確認するためのデジタル司祭」
別のケースでは、ある企業のITスタッフが上司の行動をこう描写している。
「上司は社員や管理職とのほぼすべての会話をコピーしてChatGPTに貼り付け、『自分の対応は正しかったか』と聞いていた。答えはほぼ常に『はい、あなたのアプローチは適切でした』という形で返ってきて、自分がすでに下した判断を補強し続けていた」
これはAIの特性上、起こりやすい現象だ。ChatGPTのようなLLMは、文脈や質問の枠組みに引っ張られた回答を返しやすく、批判的な問いを立てなければ批判的な答えは返ってこない。自己正当化のツールとして使われるとき、AIは「デジタル司祭」と化す。
このIT社員は最終的に、年間ボーナスが120ドル(約1万8000円)だったことに疑問を持ち、AIに「継続的に高評価を受けている社員へのボーナスとして妥当か」と問い合わせた。AIは「多くの社員が象徴的なものとして、あるいは侮辱的なものとして受け取るレベルだ」と回答。彼はその内容を上司と会社オーナーに伝え、その後まもなく解雇された。
現実とAIの答え、どちらを信じるか
製造業向けSaaSをAI搭載ツールとして刷新したスタートアップで働いていた営業戦略担当者の話も象徴的だ。新プラットフォームは売れていなかった。彼が「15人の見込み客と話し、全員が同じ理由で導入を断った」と創業者兼CEOに報告しても、返ってきた言葉はこうだった。
「それは我々の調べとは違う。ClaudeやChatGPTはそう言っていない」
CEOはAIのアドバイスを元に「営業担当者のミスを分析するツール」をvibe-coding(AIと自然言語で対話しながら直感的にコードを生成・修正するアプローチ。プログラミングの専門知識がなくても動くコードを作れるとして注目されているが、品質や保守性の担保が課題とされる)で自作した。だがそのツールのプロンプトは「担当者の問題点をすべて挙げよ」というもので、うまくいった点は一切拾わない設計だった。
「AIは、あなたが聞きたいことを吐き出す。自分のアイデアが最高だと言ってほしければ、そう言ってくれる」と担当者は指摘する。
彼はこの状況を「現実を生きていない相手との結婚生活」に例え、最終的に退職した。
「生産性向上のはずが、生産性を破壊している」
食料支援NPOに勤めるソーシャルワーカーは、上司がAIの提案を次々と取り込もうとするが、それが組織の実態と乖離しているため何も決まらない状況を報告している。「AIが提案していないアイデアは承認されない。だから何も前に進まない」という。
Webサイト制作会社のプロジェクトマネージャーは、開発者がvibe-codingで書いたコードと、AIで生成した報告書の品質チェックに追われる毎日を送る。なお、AI生成テキストにはハルシネーション(AIが事実と異なる内容をもっともらしく生成してしまう現象)が混入しやすく、専門的な文脈では特に注意が必要とされている。その上で上司からは「あなたの仕事はAIのファインチューニング用訓練データになり、いずれ自分が不要になる」と繰り返し言われるという。
「2日に1回それを聞かされるのにうんざりしている。給料をもらって、正気を保てればそれでいい」と彼は言う。
こうした事例が相次いで表面化している背景には、企業全体でのAI導入加速という文脈がある。McKinseyの調査によれば、生成AIを業務に活用する企業の割合は急速に拡大しており、導入の是非よりも「どう使うか」の議論が追いついていない現状がある。ツールの普及速度に対し、組織内のリテラシー教育や利用ガイドラインの整備が遅れているとき、権限を持つ個人の使い方がそのまま組織文化になってしまう。それが今回の事例群が示す構造的な問題だ。
取材に応じた複数の社員は、自身もAIを活用しており、その価値を否定していない。問題は使い方だ。冒頭の弁護士はこう締めくくった。
「LLMが登場する前、上司は人間的な側面を忘れたことはなかった。でもChatGPTが登場してから、彼は完全に壊れた」