1月15日、W3C Blogで「EPUB and HTML」と題した記事が公開された。この記事では、EPUB次期仕様におけるHTML採用の是非を問うアンケート結果と、それに基づくEPUB 3.4の仕様策定方針について詳しく紹介されている。
以下に、その内容を技術的背景を含めて簡潔にまとめて紹介する。
EPUBとは何か:パッケージ化されたWebサイト
EPUBは、国際標準化団体W3Cが策定する電子書籍のオープンな規格である。技術的な実体は「HTMLやCSS、画像などを特定のルールで構成し、ZIP形式で圧縮したもの」であり、いわば「オフラインで閲覧可能なWebサイトのパッケージ」と言える。
現在の主力規格であるEPUB 3系は、リフロー(画面サイズに合わせた文字流動)やアクセシビリティに優れ、世界中の電子書籍ストアで採用されている。
記事の核心:なぜ「HTML採用」が議論になったのか
現代のWebエンジニアにとって、HTMLは「多少の構文ミスもブラウザが良しなに補完する、耐障害性の高い(寛容な)言語」だ。しかし、EPUBの内部仕様は今もなお、厳格なXMLの構文規則(XHTML)に依存している。タグの閉じ忘れひとつが、ファイル全体の読み込みエラーに直結する世界である。
今回の議論は、この「厳格なXML」を廃止し、モダンなWebと同じ「寛容なHTML(HTML Living Standard)」をそのままパッケージに含めるべきか、という問いであった。
調査結果とPMWGの決断
W3CのPublishing Maintenance Working Group(PMWG)は、2025年に実施した広範な調査に基づき、EPUB 3.4においてHTMLの直接採用を行わないことを決定した。回答を寄せた100件超のステークホルダーの意見は、理想と現実の深刻な乖離を浮き彫りにした。
1. 賛成派の主張:Webプラットフォームとの同期
賛成派は、モダンなWeb開発のエコシステムをそのまま電子書籍に持ち込むことを求めている。
- Web標準との親和性: ReactやVueなどのフレームワークや、最新のツールセットを流用しやすくする。
- 学習コストの低減: XMLの厳格さを知らない次世代のエンジニアにとっても、開発の障壁を下げる。
- 将来性: 「古い技術」になりつつあるXMLベースのワークフローを刷新し、長期的なサポートを確保する。
2. 反対派の主張:エコシステムの破壊リスク
出版実務に携わる層からは、Web開発とは異なる「本」というメディア特有の懸念が示された。
- 後方互換性の維持: Webサイトと異なり、本には「一度購入されたら数十年以上読めること」が求められる。仕様変更が旧来の端末での表示崩れを招くリスク。
- 既存投資の保護: 業界が長年築き上げたXML/XSLTベースの自動組版システムを刷新するコストは、多くの事業者にとって許容しがたい。
- 複雑性の増大: 制作から配信、DRM(著作権保護)、書店のリーダーアプリに至るまで、関与する全てのシステムを同時にアップデートする必要がある。
EPUBの現状と「HTML5」を巡る事実
今回の調査過程で、EPUBとHTMLの関係性について重要な事実が整理された。
現在普及しているEPUB 3は、10年以上前から「HTMLのXMLシリアル化(XML構文で記述されたHTML5)」をサポートしている。これは古いXHTML 1.1ではなく、現代のHTML5をXML形式で記述したものである。そのため、<video>タグなどの最新要素もすでに仕様に含まれている。
しかし、この事実が開発現場で正しく認識されておらず、「HTML5の機能を使うためにXMLを廃止しなければならない」という誤解が生じていたことも、今回の調査で判明した大きなポイントである。
なぜこのニュースは重要なのか
今回の決定は、W3Cが掲げていた「Webと電子書籍の境界をなくす(Web Publications)」という長年のビジョンが、現実の出版エコシステムの壁に阻まれたことを意味する。
Webエンジニアから見れば、XMLへの固執は非効率に映るかもしれない。しかし、電子書籍においては「不変のコンテンツ」としての信頼性と、膨大な既刊本を未来へ引き継ぐ「互換性」が、最新技術の導入よりも優先された結果だといえる。
今後の展望
W3Cは議論を完全に終了させたわけではない。HTML採用によって期待されていた「高いインタラクティブ性」や「スクリプト制御」へのニーズは依然として存在している。今後は、Publishing Community Groupにおいて、現在のEPUBの枠組みを維持しつつ、これらの課題を解決する新たな手法が模索されることになる。
詳細は[EPUB and HTML]を参照していただきたい。