9月1日、海外のテクノロジーメディアThe New Stackが「Unix Co-Creator Brian Kernighan on Rust, Distros and NixOS」と題した記事を公開した。
この記事では、Unix共同開発者であり83歳となったブライアン・カーニハンが、RustやLinuxディストリビューション、NixOSといったテーマについて率直かつユーモラスに語った様子が紹介されている。以下に、その内容を紹介する。
カーニハンは83歳の今も現役
カーニハンは現在もプリンストン大学で教鞭をとり続けており、「まだ引退していない」と宣言して会場を沸かせた。Bell LabsでUnixを生み出し、1978年には『Cプログラミング言語』を共同執筆した“レジェンド”は、Vintage Computer Festival Eastで往年を振り返りつつ、現代のソフトウェア開発について30分以上にわたり観客からの質問に答えた。
「RustはCを置き換えるのか?」
最も盛り上がったのは、Rustに関する質問だった。「RustがCを置き換えるのに妥当性はあるか? それとも単なるバブルか?」と問われると、カーニハンは「Rustかぁ」と大げさにため息をついて笑いを誘った。
「Rustで書いたプログラムは一つだけだ。だから話半分に聞いてくれ」と前置きしつつ、こう続けた。
「とにかく大変だった。メモリ安全を実現するための仕組みを理解するのに苦労したよ。そもそも、そのプログラムではメモリが問題になる場面なんてなかったのにね。」
さらに彼が強調したのはパフォーマンスの低さだった。「コンパイラは遅いし、生成されるコードも遅い。必要な仕組みが巨大すぎる」と、半世紀以上前にCを開発した人物の口から手厳しい評価が飛び出した。結論としては「すぐにCを置き換えるとは思わない」と語りつつも、「自分の経験が限られているので偏見かもしれない」と柔らかく補足した。
ディストリビューションとHolyCの話題
続いて「お気に入りのディストリビューションは?」と問われると、「Macを使っているが、結局はターミナルを開いて大学のLinuxにログインしているだけ」と答え、会場は笑いに包まれた。特定のディストリビューションを推すことはなく、「よくわからない」と肩をすくめる姿が印象的だった。
また「HolyCを知っているか?」という質問には即座に「知らない」と返答。しかし「99 Bottles of Beer(有名なプログラミング言語実装集)には出てくるのか?」とジョークを交えて切り返し、観客をさらに笑わせた。
※HolyC: Terry A. Davis が設計した TempleOS というオペレーティングシステムで使用されるプログラミング言語。C言語に文法的な改善を施したうえで、C言語と相互運用できるのが特徴。
Nix/NixOS?「また知らない名前だ」
パッケージマネージャNixやNixOSについて問われた際には、「また知らないやつだ」と笑い飛ばし、「名前は聞いたことがあるかもしれないが、詳しくは知らない」と正直に答えた。会場には最新ツールに疎いことを逆手にとったユーモアが響いた。
※Nix: Unix系システム用のクロスプラットフォームのパッケージ管理システム。2003年にイールコ・ドルストラによって発明された。
Unixの遺産と現代への違和感
講演ではベル研究所時代を「協力的で楽しい環境だった」と振り返りつつ、Windowsが登場してUnixの人材や良いアイデアが流出していった歴史を述懐した。その一方でLinuxがUnixの精神を受け継いでいることを高く評価した。
iPhoneやAndroidがUnix/Linux系を基盤にしながら、一般ユーザーはその事実を意識していない現状については「もどかしい」と率直に語った。「自分ならその下のシステムに手を入れられるのに、アクセスできない」と悔しそうに言うと、会場は笑いと拍手に包まれた。
LLMへの冷静な距離感
Unixの遺産として「プログラムがプログラムを書く」思想を取り上げたカーニハンは、コンパイラを例に「一度仕組みが正しく動けば、人間より効率的に仕事をする」と説明した。その直後にこう付け加えた。
「ただし、大規模言語モデル(LLM)は別だね。」
観客が笑う中で、彼は「少し試してみたが、むしろ“うまくいかない例”を見せつけられた」と語り、従来のコンパイラのように信頼できる「プログラムがプログラムを書く」仕組みとはまだ比較できないとの認識を示した。全否定ではなく、あくまで「自分の経験に基づけば信頼に値しなかった」という慎重な立場である。
ソフトウェアの現状、そして若者への助言
「現代のソフトウェアを10語以内で評価すると?」との質問に、彼は「A lot of it sucks(ほとんどひどい)」と即答し、喝采を浴びた。その後「詳しくはオフラインで」と冗談を付け足す余裕も見せた。
最後に若い開発者への助言を求められると、「本当に心を動かされるものに取り組め」と語り、「コンピュータは長く有用であり続ける。君たちが面白いと感じることを続ければ、生活も成り立つだろう」と締めくくった。
83歳となった今も現役で講義を行い、ユーモアを交えながら現代の技術に言及するカーニハンの姿は、Unix創成期から続く歴史の重みとともに、未来の開発者への励ましとして響いた。
詳細はUnix Co-Creator Brian Kernighan on Rust, Distros and NixOSを参照していただきたい。