7月15日、John Whilesが「AI slows down open source developers. Peter Naur can teach us why.」と題した記事を公開した。この記事では、AIコーディングツールが熟練オープンソース開発者の生産性を19%低下させた理由を、「メンタルモデル」という視点から解き明かしている。以下に、その内容を紹介する。

研究結果――「速くなる」と信じた開発者ほど遅くなる現実
Metrの論文によれば、被験者となった経験豊富なOSS開発者は、AIツールの使用を許可された課題で平均19%長く作業時間を要した。開発者は事前に「24%高速化する」と予測し、実験後も「20%は速くなった」と誤認したままだった。
When developers are allowed to use AI tools, they take 19% longer to complete issues … developers expected AI to speed them up by 24%, and even after experiencing the slowdown, they still believed AI had sped them up by 20%.
ピーター・ナウアの理論で読み解く“AI減速”の構造
ピーター・ナウア(※)の論文「Programming as Theory Building」は、ソフトウェア開発の本質を“プログラマの頭の中に形成される理論=メンタルモデル”と定義する。著者は、この理論を用いて、AIが生産性を下げるシチュエーションについて、次のように説明する。
- 熟練開発者は既に深いメンタルモデルを保持している。
- LLMはそのモデルへ直接アクセスできず、断片的なテキスト入力でしか共有できない。
- モデル共有の摩擦が大きいほど、LLMの提案は修正・検証コストを膨らませる。
- 結果として、「自分で書くほうが速い」場面でAIを挟むこと自体が足かせになる。
※ Peter Naur(ピーター・ナウア)は、デンマーク出身の計算機科学者(1928 – 2016)であり、プログラミング言語理論とソフトウェア工学の基礎を築いた先駆者の一人。1960年に発表された高水準プログラミング言語ALGOL 60の主要設計者であり、BNF記法(バッカス=ナウア形)を確立した人物として知られる。チューリング賞(2005年)受賞。
いつAIが有効になり得るか
著者は、「汚物を撒き散らす」 ようなコーディングが求められる場合 — 例えば「企業内で旧来コードを引き継ぐ開発者」や「仕様理解より速い改修が優先される環境」ではAIが時短をもたらす可能性を指摘する。一方で、長期的にメンタルモデルを構築・維持すべきプロジェクトでは、現行AIは開発者の理解を妨げるリスクが高いと警告する。
まとめ――メンタルモデルか即席アウトプットか
AIツールは「未知のコードに素早く変更を加える」用途では威力を発揮し得るが、深い理解を武器とする熟練者には“時短の幻想”を与え、かえって作業を遅延させる。今後の課題は、AIが人間のメンタルモデル構築を支援できる設計へ進化できるかどうかにある。
詳細はAI slows down open source developers. Peter Naur can teach us why.を参照していただきたい。