もはやギミックじゃない。最強の表現形式=VRの真の幕開け

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もはやギミックじゃない。最強の表現形式=VRの真の幕開け
image: The Last Goodbye / Gizmodo US

VRは、奇抜な広告ツールから新たな表現形式へと脱皮を遂げるのでしょうか。

今年のトライベッカ映画祭で発表された短編映画『The Last Goodbye』は、VRのターニングポイントを感じさせる特筆すべき作品です。ガボ・アローラ氏とアリ・パリッツ氏の共同監督による16分の映画では、ホロコースト生存者ピンカス・ガッター氏が当時の状況のままに保存されたポーランドのマイダネク強制収容所を訪れます。彼の双子の姉妹と両親は、そこで殺された78,000人の犠牲者のうちとなってしまいました。痛みと向き合うために十数回以上収容所を訪れている彼は「これがもう最後の訪問だ」と語ります。米Gizmodoのライターは高性能PCに接続したHTC Viveヘッドセットを着用すると、75年の年月を経てまさにそこに立っているようだったと言っています。兵舎の周りを歩き、焼却棟を直接見ながら、泣きそうになってしまうほどだったとか。

VR映画を体験できるトライベッカ映画祭

残念なことに、今のところは2002年から毎年ニューヨークで開催されているトライベッカ映画祭を訪れない限り、このVR映画を体験できません。しかし映画製作者は25年以上にわたってVRに取り組んできましたが、最近のVR映画製作を取り巻く環境ははるかに進化しています。 HTC ViveやOculus Riftなどの市販のヘッドセットが登場し、360度カメラやビデオ処理の技術革新も進み、VR映画製作の好機が訪れています。

トライベッカ映画祭では、ストーリーテリングと技術の融合を評価するプログラム「Storyscapes」の一環として、2013年からVRコンテンツを公開しています。 2016年には、さらに多くのVRプロジェクトやインスタレーションを紹介する「バーチャルアーケード部門」が追加されました。

VR映画体験の構成要素は、プロジェクトごとに異なります。インタラクティブに「自分の冒険を自分で選ぶ」など信じられないほど入り組んだ物語もあります。多くの場合、観客が空間を移動しながら仮想環境を探索できるVR機能ルームスケールを使用します。The Last Goodbyeで、文字通りマイダネク強制収容所の空間を歩き回り、リアルな感覚をつかむことができるのは魅力的な体験のひとつです。

また、インタラクティブな要素は控えめに、360度見渡せる環境にどっぷり浸れる作品もあります。インタラクティブな要素がなくても、360度ビデオをVRヘッドセットと組み合わせると、まるで別世界にいるような体験ができます。

ハリウッドもVRに注目

ここ1年のVR製作の技術的進歩はめざましく、ハリウッドの注目も集めています。トライベッカで最も話題となったのが、女性で初めてアカデミー監督賞を受賞したキャスリン・ビグロー監督のプロジェクト『The Protectors:Walk in The Rangers Shoes』のワールドプレミアです。National Geographic、制作会社Here Be DragonsとAnnapurna Pictures、非営利団体アフリカン・パークスが共同制作、ビグロー監督とVR映画監督イムラーン・イスマイル氏の共同監督による8分間の短編は注目に値します。低価格のSamsung Gear VRヘッドセット用に設計されており、ビグロー監督の名声を差し引いても、技術および物語の両面で傑出した作品です。

ドキュメンタリーとして、一人称視点はVRに最適です。観客は、コンゴ民主共和国のガランバ国立公園で、密猟者からゾウを保護する3人の勇敢な森林警備隊員の視点に立ちます。そして米国デラウェア州ほどの大きさ(6,452km²)に相当する公園をわずか130人で命がけで守る警備隊員の日常をたどるのです。危険に満ちた崇高な物語と没入形式がうまく融合し、緊張感ある荘厳な体験を作り上げています。

物語と映画撮影術に加え、ビグロー監督が関与していることは注目に値します。アカデミー賞受賞者として彼女がVRという表現形式にもたらす信頼性は多大なものです。2017年の現在、伝統的な映画スタジオ、俳優、監督は、VRが検討に値する表現形式であるという認識を深めています。グラミー賞を受賞したジョン・レジェンド氏がVRアニメ映画『Rainbow Crow』に声と音楽を提供している上、『レヴェナント: 蘇えりし者』でアカデミー監督賞を受賞したメキシコのイニャリトゥ監督がカンヌ映画祭で初めて公式セレクションに選ばれたVR作品『Carne y Arena』を披露しました。

VRの必然性

現在もっとも効果的なVR作品は、VRの経験豊かな監督によるものです。『The Protectors』の成功は、以前The New York TimesのVR映画『The Displaced』を監督したイスマイル氏のスキルと感性によるところが大きいのです。

VRが単なる技術的売名行為以上のものとなるためには、ストーリーテリングがこの表現形式にぴったりハマる必要があります。VRは単体でも十分に成立する作品を強化するために使用すべきではなく、着想からプレゼンテーションにいたるまで、作品にとって不可欠な要素でなければなりません。The Protectors、The Last Goodbye、『The People's House』(Samsung Gear VR用のオバマ氏によるホワイトハウスツアー映画)は、監督がVRにもっとも適した物語の表現形式を理解している場合、どれほど素晴らしい作品となるかを示す好例です。例えばThe Last Goodbyeでは、収容所に囚人を運んだ列車の中の場面はルームスケールとVRを使用し、囚人がその瞬間に感じたに違いない恐怖をまざまざと体験できます。VRなしではこれほどの感情的なインパクトはなかったことでしょう。

「人々にホロコーストの現実を真に理解させるためには、ホロコーストをそこに持ち込む必要があります」とThe Last Goodbyeの共同監督、アリ・パリッツ氏は語っています。さらに、語り手を兼ねる生存者ガッター氏の存在は、実際の収容所の訪問をしのぐほどのまれな体験を提供してくれます。 「生存者からの視点を得て、未来の世代のために証言を保存するには、VRが最高の手段だと思いました」とパリッツ氏は付け加えました。たしかに、生き証人はいずれいなくなってしまいます。

しかしVRは必ずしも常に必要ではありません。海上の灯台に住み、水に入ることが禁じられている若い女性の物語『Arden's Wake』は、技術的には印象的な作品です。視覚的にPixarの初期の短編を連想させ、その3Dアニメーションは現在のVRの水準でも目覚しいものですが、VRで物語る必然性はみられませんでした。

VR映画のビジネスモデル

VR映画には独自の媒体に移行したものもありますが、特に流通に関しては大きな課題が残っています。 現時点では、ほとんどのVR映画はアートプロジェクトとコマーシャルの中間に位置します。技術を紹介する方法としてハイテク企業と連携で進められるプロジェクトが多く、典型的な流通を通して収益を上げるように企画されていないため、VR映画を体験する機会はめったにない状況です。

トライベッカ映画祭や、大規模なクリエイティブ系イベント「サウス・バイ・サウスウエスト」(SXSW)などのフェスティバルでは、VR映画はデモエリアや特設インスタレーションとして展示されています。 この光景は、1900年代初めに米国の都市で人気を博した小規模な映画館「ニッケルオデオン」にちょっと似ています。小劇場で木戸銭払って短編を観るかわりに、VRファンはフェスティバルや展覧会のチケット代を払ってヘッドセットを装着する、というわけです。

現時点では、VR映画のビジネスモデルは金もうけではありません。ほとんどの映画は無料で配給され、興収をあげる計画はありません。いくつかのプロジェクトは美術館入りして予算を取り戻すことができるかもしれませんが、トライベッカで発表された多くの劇映画はそのケースにはあたりません。美術界でさえ、VRに似ているビデオアート作品は、他のタイプの現代美術作品よりもずっと安く売られています。伝統的な流通のかわりに、これらの作品は、ナショナルジオグラフィックのプロジェクト「The Protectors」のように出版社のコンテンツとして、あるいはショア基金がThe Last Goodbyeを支援しているように文化機関との共同製作として、プロデューサーに依存する形となっています。

一方、家庭への配給を拡大するための計画は存在します。VR会社Within(The Last GoodbyeとThe ProtectorsをサポートしたスタジオHere Be Dragonsの姉妹会社)が開発したアプリWithinは、Oculus Rift、HTC Vive、PlayStation VR (真に臨場感あふれるVR機能はありませんがiOSやAndroidでも利用可能)などのデバイスで鑑賞でき、スタジオでは映画やプロジェクトを配給する手段と考えています。 HTC Vive、Oculus Rift、Samsung Gear VR、Google Daydreamなどのプラットフォームの開発チームも、家庭での利用に取り組んでいます。最高の没入体験には、高価なVRヘッドセットと、コンテンツを再生できる強力なコンピューターまたはビデオゲーム機を要するため、家庭用VR映画の市場は限られています。PlayStation VRが915,000台、HTC Viveが420,000台、Oculus Riftが243,000台販売されていますが、3つの主要プラットフォームにまたがるVRヘッドセットは200万台もありません。 VRプロジェクトの中には、スマートフォンを含む、あまり強力ではないデバイスでの利用に取り組んでいるものもありますが、すべてのプロジェクトがその方向に拡大するわけではありません。

たとえばザック・リクター氏のVR映画『Hallelujah』は、カメラメーカーLytroとの共同製作です。Leonard CohenのHallelujahを歌うアカペラ演奏で、完璧な音楽体験が可能です。観客が歌手に近づくと、その特定のボーカルパートがより大きく響き、VRとLytroの大掛かりな(そして高価な)475台のカメラを使用するテクニックは驚異的ですが、5分間のファイルサイズは20TBにおよびます。そのためリクター氏は、他の映画祭に配給される作品だけを計画しているそうです。こちらの動画はHallelujahのメイキングの動画です。

追記:Hallelujahの代表者は、上記のリクター氏のコメントの一方で、より多くの観客向けの映画を計画していることを教えてくれました。その詳細と発売日は「近い将来」発表とのこと。この作品はVRの優れた用途を示すものなので楽しみです。

The Last Goodbyeのプロデューサーであり、国際的な広告制作会社MPC AdvertisingのVRと没入型コンテンツの責任者であるティム・ディロン氏は、VR映画を「可能な限り広めたい」が、Oculus RiftやHTC Viveよりも低スペックのプラットフォームで動作するように最適化する必要性を認めています。さらにVR映画の主題については、「学校や美術館での鑑賞に耐える品質」を目指すべき、と述べています。

流通に関する課題については、技術の向上、ストリーミングサービス、VR用指定劇場の創設など、解決の道はあります。 もはやギミックではない、ストーリーを伝える最強の表現形式として、真のVR時代が幕を開けようとしています。

source: Tribeca Film Festival(1,2,3,4,5,6
video: MPC VR, National Geographic, LYTRO
reference: The Displaced, Within, Here Be Dragons, The New York Times, Wikipedia

Christina Warren - Gizmodo US[原文
(Glycine)