10月30日、The Newsが「AI models challenge one of Computer Science's biggest assumptions」と題した記事を公開した。OpenAIとAnthropicのAIモデルがコンピュータサイエンスの基礎理論「指数時間仮説(ETH)」を反証したという報告を受け、ETH提唱者らの反応や学術的な位置づけについて詳しく報じている。
コンピュータサイエンス25年来の「大前提」が揺らいでいる
指数時間仮説(Exponential Time Hypothesis、ETH)とは、ある種の複雑な計算問題を解くには、ほぼすべての解候補を試すしかなく、計算時間が指数関数的に爆発することを避けられないという理論だ。1999〜2001年にかけてRussell ImpagliazzoとRamamohan Paturiらによって提唱され、以来コンピュータサイエンスや生物学を含む数百本の学術論文がこの仮説を前提として成立している。なお、Ryan WilliamsはETH関連で重要な貢献をした研究者だが、オリジナルのETH提唱者はImpagliazzoとPaturiである(※編集部注)。
平易に言えば「巨大なパズルをショートカットなしに解くには、全組み合わせを力ずくで試すしかない」という主張だ。これが25年間、理論計算機科学の「変えられない前提」として機能してきた。
そのETHをOpenAIとAnthropicのAIモデルが反証した、というのが今回の発表の骨子である。ただし、独立した査読はまだ進行中であり、学術的に確定した事実ではない。現段階では「AI企業側が主張している」という状態にとどまる点は強調しておきたい。ETHはP≠NP問題とも深く関連する理論であり、仮に反証が確定すれば計算理論全体に広範な影響を与えうる。
ETHの提唱者・関連研究者たちの反応は割れた
特に読み応えがあるのが、ETH提唱者および関連研究者3名の反応だ。それぞれの立場が鮮明に分かれている。
Ryan Williamsは長年ETHに懐疑的だった研究者で、今回の結果に「自分の見方が正しかった」と感じており、これを「分野における大きな革命の一部」と捉えている。
Ramamohan Paturi(カリフォルニア大学サンディエゴ校)は驚きを表明しつつも、「ETHを前提に構築された既存研究が消えるわけではない」と述べ、研究を方向付けるうえで人間の創造性が依然として中心的役割を担うと強調した。
最も複雑な反応を見せたのがRussell Impagliazzoだ。彼は率直な居心地の悪さを表明し、「この証明は人間が発見し、思考プロセスを説明する形であってほしかった」と語った。さらに、AIが生み出す成果の検証役として人間が位置づけられていく懸念を示した。
3名はまた、テック大企業による研究ツールの独占についても警鐘を鳴らしている。AIが生成した結果には深い説明が伴わないため、科学的理解に影響が出るというのがその主旨だ。
独立した査読はこれから
現時点では、AI企業側の主張に対する独立した査読はまだ進行中だ。ETHの提唱者らがその査読に関与する形で組織されている。つまり、この反証が学術的に確定したわけではなく、現段階では「AI企業が主張している」という段階にとどまる点には注意が必要だ。
この流れは数学分野での出来事とも並行している。AIが数学においても既存の知見を覆す成果を上げており、特に数学者の間で「人間の知性の役割とは何か」という問いが真剣に議論されるようになってきた文脈の延長線上にある。TechFeedでもAIによる数学・科学分野への応用については継続的に取り上げており、Google DeepMindのAlphaProofが数学オリンピック問題を解いた事例なども参照されたい。
何が問題の核心か
AIが「正しい答え」を出したとしても、なぜそうなるのかを説明できないという点が研究者にとっての最大の問題だ。証明の正しさは検証できても、その証明から「なぜこの問題がそう解けるのか」という直感や理解は得られない。Impagliazzoの懸念はまさにここにある。
また、OpenAIやAnthropicのような大企業だけが使える計算資源によって生み出された発見が、学術研究の標準になっていくとしたら、研究環境の公平性という別の問題も浮上する。
詳細はAI models challenge one of Computer Science's biggest assumptionsを参照していただきたい。