10月30日、InfoQが「InfoQ AI, ML and Data Engineering Trends Report」と題した記事を公開した。2026年におけるAI・ML・データエンジニアリング分野の主要トレンドと技術採用状況について、編集チームが外部ゲストを交えたポッドキャストをもとに整理したレポートだ。
ChatGPTの登場から約4年。RAG技術の企業導入やLLMエージェントの台頭を経て、2026年のAI業界はどこへ向かっているのか。InfoQの編集チームが外部ゲストを交えたポッドキャストをもとに、採用フェーズ別のトレンドグラフとともに現状を整理した。なお本記事で頻出する「インファレンス(Inference)」とは、訓練済みAIモデルを実際のサービス・プロダクション環境で動作させること(推論実行)を指す。モデルを「鍛える」フェーズから「使う」フェーズへの移行が、2026年の最大の変化として位置づけられている。
2026年のトレンドグラフ:採用フェーズの全体像
InfoQのトレンドレポートはジェフリー・ムーアの著書『Crossing the Chasm』(キャズム理論)に基づき、技術をイノベーター・アーリーアダプター・アーリーマジョリティなどのフェーズに分類する。InfoQは主に「キャズムをまだ越えていない」領域に焦点を当てている。
今年のグラフでは、一部トピックの大幅な再編成が行われ、主流化した技術は追跡対象から外された。
最注目トレンド:AIインファレンスの爆発的拡大
今年最も大きな変化として取り上げられているのがAIインファレンスだ。2026年はインファレンスの年と呼ばれており、企業はモデルのトレーニングからプロダクション環境でのAIインファレンス実行へとシフトしている。インファレンスは今年末までにAIコンピュート支出の約3分の2を占めると見込まれている。
推論モデル、長コンテキスト、エージェントの台頭によって、インファレンスは単なるモデル実行の問題から、コンピュート・メモリ・ネットワーキング・ルーティング・コスト管理を横断するシステム問題へと変質した。
トレンドレポートのパネリストであるHien Luuはこう述べている。
Hien Luu: インファレンスのトピックは2026年初頭から爆発的に拡大しました。vLLMやSGLangといったインファレンススタックが、自前のインファレンスサービスを立ち上げる手助けをしてくれています。オープンウェイトモデルもどんどん高性能になっています。金融会社のように個人情報(PII)を扱うユースケースでは、社内でオープンウェイトモデルをホストする能力は非常に重要です。コスト削減のためにコーディング用の社内モデルをホストしようとする企業も出てきています。インファレンスは今後もますます多くの企業が取り組むトレンドであり続けるでしょう。
エージェント間通信プロトコル(Agent-to-Agent Protocols)
マルチエージェントシステムが複雑化するにつれ、エージェント同士の通信規格が重要になっている。MCPやA2Aといったプロトコルが注目を集めており、パネリストのDaniel Dominguezはこう指摘する。
Daniel Dominguez: エージェントが企業内で有用であるためには、ツール・データ・API・他のエージェントとやり取りする必要があります。MCPやA2Aといったプロトコルは今後ますます差別化要素になるでしょう。エージェントプロトコルが新たなエンタープライズ統合レイヤーになるかどうか、という問いが焦点になると思います。
ハーネスエンジニアリング(Harness Engineering)
今年から注目され始めた比較的新しい領域がハーネスエンジニアリングだ。コンテキストエンジニアリングの延長線上にあるこの概念は、メモリ管理や並列実行(co-execution)など、エージェントSDKが提供するインフラ的な機能群を指す。
LangChain・Anthropic・OpenAIのエージェントSDKはいずれも、こうしたハーネスエンジニアリング機能の追加方向に動いているとHienは述べている。エージェントを「構築する」だけでなく、「スケールで運用する」フェーズへの移行を示すトレンドだ。
スペック駆動開発(Spec-Driven Development)とAIソフトウェアファクトリー
AIがコーディングの大部分を担うようになった結果、開発者は要件定義と仕様書作成に集中する役割へシフトしつつある。一部の組織では「AIソフトウェアファクトリー」と呼ばれる専門チームを設け、要件分析・仕様書作成・設計タスク生成・コード自動生成までをAIで自動化するSDLCモデルを構築し始めている。
典型的なユースケースとして、「バグ報告を受け取ったAIが問題分析・再現・修正・PRの作成まで一気通貫で行う」という流れが挙げられている。
フィジカルAI(Physical AI):ソフトウェアから物理世界へ
もう一つの大きなテーマがフィジカルAI(Embodied AI)だ。ロボット・自律走行車・ドローン・産業システムへのAI統合が加速している。
Daniel Dominguezはソフトウェアエージェントとの本質的な違いを強調する。
Daniel Dominguez: ソフトウェアではエージェントがミスをしてもファイルを生成し直せますが、ロボットが物理的なミスをすれば現実の結果が伴います。信頼性・シミュレーション・安全性・検証・評価が物理世界ではより重要になります。
『Designing Machine Learning Systems』の著者であり、AIシステム設計の実務・教育両面で知られるChip Huyenは、ロボティクス特有の課題としてバックトラッキングの難しさを挙げる。LLMのトレーニングでは状態をリセットして探索を繰り返せるが、ロボットが転倒・破損した場合は同じ状態に戻せない。この制約がデータ収集と学習を極めて困難にしているという。
AI評価(AI Evaluations):エージェント時代の核心的課題
エージェントの普及が進むにつれ、「そのエージェントが正しいタスクを正しく実行しているか」を検証する評価手法(Evals)が2026年の核心的課題として急浮上している。単体モデルの精度評価とは異なり、複数エージェントが連携する環境での評価は、入力・出力の多様性・非決定性・長いタスクチェーンといった複雑さを伴う。評価手法が整備されなければ、エージェントを本番環境に安心して展開することはできない。今年特に注目が集まっているのはこうした背景からだ。
その他のトレンド(概要)
- 小規模言語モデル(SLM)への移行:大規模モデルから小規模・特化型モデルへのシフトが進む。
- 推論モデル(Reasoning Models):数学・論理問題を段階的に考えてから回答するモデルが普及しつつある。
- System Oneモデル:TypeSafe AIが提唱する概念で、同社のJevフレームワークに代表される決定論的・高速推論モデルを指す。確率的なLLMとは対照的に、ルールベースや型安全な推論を組み合わせることでコスト面でも優位とされる。
- エージェントの展開規模:個人向けエージェントからチーム横断・組織全体でのエージェント活用へと移行が進む。
詳細はInfoQ AI, ML and Data Engineering Trends Reportを参照していただきたい。