10月31日、Gergely Oroszが「The Pulse: Time to rethink software security because of AI?」と題した記事を公開した。この記事では、AIを悪用した攻撃の自動化が進む中、従来のソフトウェアセキュリティの前提そのものを見直す必要があるかについて論じている。
ある週に、世界中で連鎖的にセキュリティインシデントが発生した。中間認証局の秘密鍵漏洩、PHPのRCE脆弱性、Railwayの顧客シークレット流出、GitLabやNode.js、Go、そしてTiDB Cloudが1ヶ月にわたって攻撃者にほぼ完全制御され、顧客10TBのデータが流出——これらが同時多発的に起きた。
以下では特に注目すべき3件を深掘りし、最後にTiDB Cloudのインシデントを加えた計4件の概要をまとめる。
eMudhra:秘密鍵が「4」だった
インターネットのHTTPS通信は「認証局(CA)の信頼チェーン」で成り立っている。ルートCAが中間CAを信頼し、中間CAがサーバー証明書を検証する仕組みだ。インドの中間CA「eMudhra」が発行した384ビットの秘密鍵が漏洩したが、その内容が問題の核心だった。
384ビットの鍵とは、0から2^384(116桁の数字)の範囲からランダムに選ぶべきものだ。ところがeMudhraの鍵は「4」だった。
残りの7つも「56」「66」「115」「156」「230」「237」と、いずれも2〜3桁の整数。元記事によれば、鍵生成スクリプトのバグにより、本来生成されるべき強い鍵ではなく、ごく小さな整数値が誤って使われたという。384ビットの鍵空間を使いながら、実際に使用されていた値の範囲が極めて狭かったことを元記事は指摘している。2007年のXKCDコミック「Random Number」(「ランダムに選んだ数:9」)を地で行くような失態だ。
しかもこの証明書は2025年4月30日に生成されており、18ヶ月間誰も気づかなかった。
Googleはこの件を受け、ChromeのルートストアからeMudhraのCA証明書を継続して信頼するかどうかを調査中と発表した。eMudhraはインド株式市場に上場しており、詳細が明らかになる2日前の時価総額は約5億ドル。その後2日間で時価総額の40%が吹き飛んだ。
PHP脆弱性:AIが攻撃者より先に発見、しかし……
元記事によれば、AIを活用したセキュリティ研究によってPHPの重大なRCE脆弱性が発見された。セキュリティ企業Wizも独立して同じ脆弱性を報告しており、PHP開発チーム、Cloudflare、AWSと連携して修正パッチが用意された。なお、元記事に記載されているモデル名およびCVE番号については、本稿では元記事の表記に依拠しており、読者は元記事の原文で直接確認されたい。
「善意の研究者が攻撃者より先に脆弱性を見つけた」——表面上は良い話だ。だが現実はより複雑だった。
全Webサイトの約70%がPHPで動いており、パッチを当てていないサーバーが大量に存在する。 パッチ公開と同時に、そのコード差分から攻撃手法が判明する。実際、Cloudflareはパッチ公開から数時間以内に数百万件の悪用試行を検知した。Cloudflare CEOのMatthew Princeはこれを公開投稿で明かしている。
さらに深刻だったのが「事前漏洩」だ。AWSの脅威インテリジェンスチームは、パッチ公開の4日前(10月17日)にすでに悪用試みを検知していた。パッチ開示グループ内部から情報が漏れた可能性が高い。
そしてここに新たな現実が加わる。攻撃者はAIエージェントを使い、未パッチのサーバーを自動的に探索・攻撃できるようになっている。 Cloudflareが数時間で数百万件の試行を観測したのは、このAI自動化によるものと考えられる。
Railway:シークレット漏洩と「直せない」ジレンマ
開発者向けクラウドプロバイダーのRailwayも同日、顧客の環境変数(APIキーやDBパスワード等のシークレット)が暗号化された状態で漏洩し、一部は復号された可能性があると発表した。
Railwayは即座にすべてのデプロイを停止した。これ自体は迅速な対応だが、顧客に矛盾した状況を強いた。
- 「シークレットをローテーション(更新)してください」と推奨
- 一方で「デプロイは停止中」
データベースのアクセストークンをローテーションすれば、古いトークンを使っているアプリは即座にダウンする。しかしデプロイが止まっているため、新しいトークンを反映したバージョンをデプロイできない。つまり「責任ある行動」を取ると「システムが落ちる」という二択を顧客に押し付けることになった。
結果的にRailwayがデプロイを再開するまでに約20時間かかった。インシデント対応の設計として、「シークレット更新とデプロイの順序」を事前に考慮しておくことの重要性を示す事例だ。
AI時代のセキュリティ:1日に1ヶ月分の侵害が起きる
今回の一連の出来事が示す本質的な変化は、攻撃側がAIエージェントによってスケールとスピードを劇的に向上させたという点だ。パッチ公開から数時間で数百万件の攻撃が自動実行される環境では、従来の「パッチを当てれば安全」という前提が崩れつつある。
TiDBを開発するPingCAPのマネージドサービス「TiDB Cloud」のインシデントでは、攻撃者が1ヶ月にわたってコントロールプレーンにほぼ完全アクセスし続けた。検知も警告も機能しなかった。Booking.com、Airbnb、Pinterest、Databricksといった顧客のSQLクエリ、課金情報、ソースコードが含まれる10TBのデータが流出している。
アクセス監視とアラートの不在が、月単位の侵害を許す——この事実は、セキュリティ投資の優先順位を問い直す材料になる。
詳細はThe Pulse: Time to rethink software security because of AI?を参照していただきたい。