10月29日、Neuroscience Newsが「Nearly Half of Distressed Adults Use AI for Therapy」と題した記事を公開した。深刻な心理的苦痛を抱える成人の約半数がChatGPTやGeminiといった汎用AIをセラピー代わりに利用しているという調査結果を詳しく紹介している。
苦痛が強いほどAIに頼る——47%という数字の重さ
イスラエル・ガリラヤ地方にあるテルハイ大学のDorit Hadar Shoval博士らが主導した研究が、査読誌「Cyberpsychology, Behavior, and Social Networking」に掲載された。
調査対象は、過去12ヶ月以内にChatGPTやGeminiなどの汎用生成AIを少なくとも1回使用した経験を持つイスラエル成人584人(18〜70歳)。
結果として、全回答者の29.3%が感情的なサポートや対処法のアドバイス、メンタルヘルス支援を目的にAIを利用したと回答した。ただし、重篤な心理的苦痛を抱える層に絞ると、その割合は47%に跳ね上がる。
統計モデルの分析でも、AIへの相談を予測する最も強力な要因は「心理的苦痛の強さ」であることが確認された。また、若年層と女性が有意に利用率が高いという傾向も判明している。
Hadar Shoval博士はこう述べている。
「これらのツールは即時性があり、アクセスしやすく、非批判的な対話を提供しますが、メンタルヘルスの提供者として設計されたものではありません。苦痛を抱える人々の間での高い利用率は、感情的に脆弱な時期にAIに依存することの潜在的なリスクと利益の両面を、早急に理解する必要性を示しています。」
規制の空白——臨床ツールとしての位置付けがない
研究が浮き彫りにした最大の問題は、汎用LLMには臨床的な義務も安全プロトコルも存在しないという点だ。
正規のデジタル療法プラットフォームや遠隔医療サービスは、医療機器基準、患者情報の守秘義務、自傷・自殺念慮への緊急対応プロトコルに縛られている。一方、ChatGPTやGeminiといった商用LLMには、そうした医療・臨床領域固有の規制上の義務が課されていない。
※編集部の考察:OpenAIやGoogleは独自の利用ポリシーや安全対策(セーフティガイドライン)を設けており、一切の安全配慮がないわけではない。ただし、それらはあくまで自社基準であり、医療機器や臨床サービスに課される第三者による規制・監督とは性質が異なる。この「規制上の空白」こそが本研究の指摘する核心である。
これらのモデルは広範なインターネットテキストを学習し、「統計的に妥当で好意的な応答」を生成するよう訓練されているため、臨床的妥当性に欠けた応答や、急性の精神的危機に対する不適切なガイダンスを返す可能性がある。また、ユーザーが不健全な感情的依存を形成するリスクも指摘されている。
愛着スタイルとの関係
研究では愛着スタイル(attachment style)——他者との親密な関係における心理的傾向——との関連も分析された。
愛着不安(他者に拒絶されることへの強い恐れ)が高い人ほど、当初はAIに感情的サポートを求めやすい傾向が見られた。しかし、心理的苦痛の強さを統計モデルに組み込むと、愛着不安は独立した予測因子でなくなった。つまり、AI相談の直接的なドライバーは「愛着スタイル」ではなく、「今この瞬間の苦痛の強さ」だという解釈が成り立つ。
公衆衛生の空白を埋めるAI
世界的にメンタルヘルスサービスの待機リストが膨らむ中、汎用AIが事実上その空白を埋めている構図が浮かび上がる。専門家へのアクセスが困難な状況で、24時間利用可能で費用もかからないAIに頼る動機は合理的でもある。
研究チームは次のように提言している。
- 臨床医:患者のデジタル相談行動を日常的に把握する問診を組み込むべきだ
- 開発者・政策立案者:脆弱なユーザーが証拠に基づく人間によるケアに確実につながれるよう、標準化された臨床ガードレールを整備すべきだ
本研究の限界
本研究にはいくつかの限界がある。調査対象が既存のAIユーザーのオンラインパネルであり、一般人口の無作為抽出ではない。また、AI利用が「治療的効果をもたらしたのか、中立だったのか、有害だったのか」は評価されていない。さらに、ユーザーが専門的ケアを補完するためにAIを使っているのか、それとも費用や待機時間の問題から「代替」として使っているのかも、本調査では判別できていない。
加えて、調査対象はイスラエル成人584人に限定されており、文化的・医療制度的な背景が異なる日本を含む他国への直接的な一般化には慎重であるべきだ。日本では精神科・心療内科へのアクセス環境やAI利用文化が異なるため、同様の傾向が同じ規模で生じているかどうかは別途検証が必要である。
詳細はNearly Half of Distressed Adults Use AI for Therapyを参照していただきたい。