10月27日、Russell Impagliazzo(※後述の計算複雑性理論の研究者・Russell Impagliazzoとは別人)が「OpenAI says its AI solved three famous problems in maths and physics, and Anthropic says Claude cracked one too」と題した記事を公開した。この記事では、OpenAIとAnthropicのAIモデルが数学・計算機科学・物理学の長年未解決の問題を証明したという発表について詳しく紹介されている。
OpenAIが主張する3つの成果
OpenAIは10月25日、内部AIモデルが以下の3つの未解決問題を証明したと発表した。いずれも査読は未完了である。
1. カケヤ予想(Kakeya conjecture)のすべての次元での解決
「あらゆる方向に向いた長さ1の針を内包できる図形は、いくら小さくなっても空間の次元と同じ"太さ"を持つ」という予想。2025年にHong WangとJoshua Zahlが3次元の場合を証明したばかりだが、OpenAIの59ページの論文はすべての次元で成立することを示したと主張する。鍵となるのはSoggeの1991年の局所平滑化予想(波動がどれほど短時間、鋭く収束し続けられるかを問うもの)の証明であり、副次的にSteinの制限予想も解決するという。
2. 指数時間仮説(ETH)の反証
1999年に計算複雑性理論の研究者であるRussell Impagliazzo(カリフォルニア大学サンディエゴ校)とRamamohan Patoriが提唱した指数時間仮説(ETH)は、「論理パズル3-SATは指数的な計算量より大幅には速く解けない」という仮説で、計算複雑性理論の根幹をなし、数百本の論文がこれに依拠している。
※なお、元記事の著者名が同じ「Russell Impagliazzo」であることから混乱が生じやすいが、ETHの提唱者であるRussell Impagliazzoはカリフォルニア大学サンディエゴ校の計算複雑性理論の研究者であり、本記事の元記事筆者とは別人である。
OpenAIの論文は、3-SATを指数時間より準指数的(sub-exponential)に速く解くアルゴリズム——具体的には、入力サイズnに対して従来の2^n型ではなく2^(n^c)(0<c<1)のオーダーで動作するとされる——を提示し、ETHを反証したと主張する。もしこれが正しければ、ETHを前提として導かれていた「この問題は効率的に解けない」という数百本分の下界証明が根底から問い直されることになる。
3. 量子色力学(QCD)と大統一理論の存在証明
量子色力学(QCD)は、クォークとグルーオンの相互作用を記述する素粒子物理学の基礎理論であり、陽子・中性子などハドロンの内部構造を説明する。OpenAIの論文は、このQCDと、素粒子標準模型の最も単純な大統一拡張が4次元時空に数学的に厳密な意味で「存在する」——すなわち理論的に無矛盾な量子場として定義可能である——ことを証明したと主張する。
証明の途中ではYang-Mills理論の存在証明も含まれており、これは**クレイ数学研究所のミレニアム懸賞問題の一つ「Yang-Mills存在と質量ギャップ」の前半部分に相当する。ミレニアム懸賞問題とは、クレイ数学研究所が2000年に選定した7つの未解決問題で、各問題に100万ドルの賞金が設定されている。ただし懸賞が完全解決の条件として求める「質量ギャップ**」——ゲージ場の最低励起状態と真空の間に有限のエネルギー差が存在することの証明——は今回の論文には含まれておらず、物理分野の論文はまだ公開されていない。また、物理学的な観測事実との対応や、理論の予測能力についても今後の検証が必要とされる。
同じ日に、Claudeも同じ結論に達していた
同日、AnthropicもClaudeによる49ページの論文を公開した。ETHを反証するアルゴリズムが「Claude research model」によって10月16日に発見されたとしている。注記には「1400万トークンの出力で、人間の入力なし」と明記されている。そしてOpenAIのモデルも同日に同様の結果に至ったと書かれており、2つのライバル企業が同じ仮説を同じ日に独立して反証したことになる。
両論文は、この速度改善はあくまで理論的なものであり、「実際の問題を速く解けるわけではない」と強調している。
専門家の反応:検証はこれから
ETHの提唱者であるImpagliazzo(カリフォルニア大学サンディエゴ校)とPaturi、そしてMITのRyan Williamsは連名で研究者コミュニティへの公開書簡を発表した。
私たちの関与は、この主張の認定を意味しない。この重要性を持つ結果は、慎重かつ独立した検証と、他者が再現・疑義を呈し・発展させられるような理解が必要だ。
— Russell Impagliazzo、Ramamohan Paturi、Ryan Williams、公開書簡より
WilliamsはBlueskyで「もし真であれば、すべての計算機科学者はP=NPの可能性に少し以上の重みを置くべきだ」と述べた。計算複雑性理論の著名なブロガーでもあるScott Aaronson(テキサス大学オースティン校)はブログに「消化しきれないうちに、次の料理が来る」と書いた。
物理分野の成果については、ノーベル賞受賞者のDavid Grossを筆頭に複数の物理学者が査読を担当する予定だ。
**Lean**(定理証明支援系ソフトウェア。証明の各論理ステップを機械的に検証する)による検証はAI出力の翌日中に完了したとOpenAIは言うが、「Leanによる検証は、その定理が論文の主張と同じことを言っているかは確認しない」という限界もある。Anthropicも同様の警告をREADMEに明記している。元記事公開時点(10月27日)では、外部の数学者による公式な確認は得られていない。
なぜ今、これが問題になるか
フィールズ賞受賞者らは以前から、外部が使えない独自モデルで数学の問題を検証する行為に対して中止を求めている。テレンス・タオも今月、「未解決問題の解答が大規模かつ持続不可能な形で収穫されつつある」と警告した。一方でMicrosoftのAIエージェントは31年来の未解決問題KLS予想を証明するなど、AIによる数学的発見の報告は加速している。
2つの独立したラボが同一の仮説を同一日に反証したという事実は、偶然で片付けにくい。とはいえ、検証の実務は今のところ、PDFだけを渡された無給の研究者たちに委ねられている。
詳細はOpenAI says its AI solved three famous problems in maths and physics, and Anthropic says Claude cracked one tooを参照していただきたい。