10月27日、Scientific Americanが「Dueling proofs from OpenAI and Anthropic astound scientists」と題した記事を公開した。OpenAIとAnthropicがそれぞれAIモデルを用いて数学・物理学・計算機科学の超難問に対する証明を相次いで発表し、専門家の間に衝撃と混乱をもたらしているという内容だ。
その証明のひとつは、計算機科学者の間で30年近く「覆せない前提」として扱われてきた仮説——指数時間仮説(ETH)——を反証すると主張するものだ。しかも発表からわずか数時間後、競合他社が独立して同じ問題の「反証」を出すという前例のない事態が発生した。真偽の検証が追いつかないまま証明が次々と公開される状況に、専門家は対応を迫られている。
最大の衝撃:ETHの「反証」をOpenAIとAnthropicが相次いで主張
今回の3つの成果のなかで最も波紋を広げているのが、指数時間仮説(ETH: Exponential Time Hypothesis)の反証主張だ。
ETHは1999年にカリフォルニア大学サンディエゴ校のRussell ImpagliazzoとRamamohan Paturiが提唱した仮説で、「3-SAT問題は指数時間より速くは解けない」と主張するものだ。3-SATは命題論理式の充足可能性を判定するNP完全問題の代表例であり、変数の数が増えるにつれてアルゴリズムの実行時間が指数関数的に膨らむとされてきた。計算機科学者の間では長年にわたり「覆せない前提」として扱われてきた仮説だ。
OpenAIはこのETHを反証する——つまり、指数時間よりわずかに速く3-SATを解くアルゴリズムが存在する——と主張した。ETHが特に重要なのは、クレイ数学研究所のミレニアム懸賞問題のひとつである「P対NP問題」と深く絡んでいるからだ。ETHはP≠NPよりさらに強い主張であり、現代暗号理論の根幹に関わる。もしこの反証が正しければ、計算複雑性理論は根底から見直しを迫られる。
OpenAIも結果の重大性を認識しており、ETHをもともと提唱したImpagliazzoとPaturi、およびMITのRyan Williamsを外部検証者として招いた。Williamsによれば、証明を検証するための計算機科学カンファレンスも開催予定だという。
そして、OpenAIの発表からわずか数時間後、AnthropicがAIモデルを用いて「ETHを独立に反証した」とする別の論文を公開した。同じ問題に対して2社が独立した反証を出すという事態は、専門家をさらなる混乱に陥れている。
Kakeya予想:全次元での証明を主張
Kakeya予想は、高次元空間における幾何学の難問だ。直感的には「棒をあらゆる方向に回転させながら動かすとき、必要な最小の空間はどれくらいか」という問いに関連する(詳細はこちら)。数学者Hong WangとJoshua Zahlが3次元での証明を達成し、Wangはその業績でフィールズメダルを受賞している。OpenAIは以前の成果発表で4次元版を解いたとしていたが、今回はすべての次元での完全な証明を主張した。
Yang-Mills問題:100万ドル懸賞問題の「存在」部分に挑む
Yang-Mills問題は、素粒子物理学の「標準模型」を支える数学——ゲージ理論——が破綻なく成立するかどうかを問う問題だ。クレイ研究所の100万ドル懸賞がかかった7つのミレニアム問題のひとつであり、「存在」と「質量ギャップ」の2部から構成される。OpenAIは今回「存在」部分の証明を主張した。
この問題には、1980年代後半に数学者Tadeusz Balabanが大枠を示した一連の論文群——通称「Balabanのプログラム」——が存在する。しかし、あまりにも難解で30年以上誰も完成させていなかった。NYUの数学者Roland Bauerschmidtは「彼は基本的にやり遂げていたが、あの論文を理解して正しいか判断できる人間がいなかった」と語っている。
AnthropicのLevent AlpögeとノースウェスタンのEthan Sussmanは完成を目指してGitHubリポジトリを公開し、かなりの進捗を遂げていた段階でOpenAIの発表に先を越された格好だ。
透明性への疑問:検証より先に公開が続く
3件とも、証明の詳細は非公開か限定公開の状態だ。今回の成果を生み出したモデルはクローズドのままで、使用したプロンプト、計算時間、Chain of Thought(AIが推論過程を段階的に展開する手法)の出力も明かされていない。
OpenAIが自ら設置した専門家諮問パネル「AGMAI(数学とAIに関する諮問グループ)」は、専門家レビューを経てから発表するよう勧告していたが、今回もその手順は踏まれなかった。AGMAIはYang-Mills関連論文についても「即時公開以上の遅延に科学的理由はない」として完全公開を求めている。
AIが証明を競い合い、人間の専門家が真偽の検証に追いつけないという前例のない状況が続いている。証明が正しいかどうかの最終的な判断には、まだ相当の時間が必要だ。
詳細はDueling proofs from OpenAI and Anthropic astound scientistsを参照していただきたい。