10月21日、Microsoft Threat Intelligenceが「AI-driven, large-scale nation-state campaign using ARTEX enables supply chain compromise」と題した記事を公開した。この記事では、中国国家に紐づく脅威アクター「Storm-0940」がAIエージェント型ペネトレーションテストフレームワーク「ARTEX」を使ってConnectWiseのサプライチェーン攻撃を実行し、世界数百組織のクラウドインフラへ侵害を試みた実態について詳しく報告されている。
AIが国家サイバー攻撃の「実戦兵器」になった事例
これまで「AIがサイバー攻撃に悪用されるリスク」は議論の段階にとどまることが多かった。しかし今回の報告は、AIエージェントが実際の国家レベル攻撃オペレーションに組み込まれ、攻撃速度とスケールを劇的に拡大した一次情報である。
Microsoftの分析によれば、標的選定から特権アクセス取得まで3時間未満というケースが複数確認されている。人間のオペレーターが手動で行えば数日かかる一連の作業を、AIエージェントが自律的に実行した結果だ。
ARTEXとは何か
ARTEXは、ペネトレーションテストを目的として設計されたマルチエージェント型LLMフレームワークであり、Storm-0940による悪用が確認されているツールだ。任意のAIモデルを接続して使用でき、偵察からデータ窃取までの攻撃フロー全体を複数のLLMエージェントが自律的に実行する。実装はGo言語製のマルチエージェントLLMシステムで、フロントエンドにはNext.jsを採用。UIと出力はデフォルトで英語だが、韓国語・中国語・スペイン語・日本語への切り替えも可能だ。
エージェントはペネトレーションテストを実行しながら、発見した資産と脆弱性をグラフ構造に蓄積していく。人間がほとんど介入しなくても、偵察→パスワードスプレー→OAuth乱用→データ窃取という攻撃チェーンを自律的に回す設計になっている。
Microsoftは複数の地域でARTEXを利用する脅威アクターを確認しており、今回のStorm-0940の活動はその代表的事例として位置づけられている。
ConnectWise経由のサプライチェーン攻撃:具体的な数字
今回の攻撃の核心は、ConnectWiseのクラウドバックアップアプリケーションの侵害を踏み台にした点にある。ConnectWiseは2026年10月16日に初期アドバイザリを公開した。
Storm-0940はConnectWiseの複数クラウドアプリケーションの認証情報を取得した後、ARTEXを使って2,250以上のテナントへのサインインを試みた。以下がMicrosoftが観測した数字だ:
- 151,000件超の失敗ログオンイベント
- ピーク時(2026年10月11日)の失敗率:毎分2,900件
- 単一日に集中した失敗数:111,000件超
- 標的アカウント数:8組織・327アカウント
- 1,000件超の失敗を受けたアカウント:48件
- ロックアウト応答が全活動の約**98%**を占める
さらに、4つのアプリケーション認証情報を使って4分未満に200件超のサインインが行われたケースも確認されている。
パスワードスプレーはIPアドレス 144.172.64[.]99 から実施された。ConnectWise侵害後に公開されたIOC(侵害指標)も同一のネットワーク帯(144.172.64.x)と一致しており、攻撃インフラの連続性が裏付けられた。
AIエージェントが防御側にとって特に厄介な理由
Microsoftが指摘する最大の問題点は、攻撃の速度が防御側の対応時間を圧倒するという非対称性だ。
AIエージェントは人間と異なり、週末・深夜・祝日も稼働し続け、複数の侵害経路を同時並行で試みる。大量のログとアラートは生成されるが、アクセス取得から悪用完了までが非常に短時間のため、アナリストが検知してから連携して対応する猶予がほとんどない。
また、OAuth認証情報を使った手法の厄介な点は、侵害されたアプリケーションが削除・無効化された後も、エージェントが追加したバックドア認証情報が残存しうることだ。Storm-0940は認証成功後、Microsoft Graph経由で偵察、アプリケーション認証情報の追加、特権ロールの変更などを実行しており、元のアプリが対処された後も持続的なアクセスが維持されるリスクがある。
対応のポイント
Microsoftは以下の即時対応を推奨している:
- ConnectWiseアプリの接続は、ConnectWiseが正式な復旧手順を提供するまで無効化を維持する
- エンタープライズアプリケーションを最初の対応として削除しない。設定と証拠を保全してから変更を行う
- 対象の4つのアプリケーションIDをインベントリし、各テナントのサービスプリンシパルのオブジェクトIDを記録する
- Microsoft Entraのサインインログ・監査レコード、Purview Auditレコード、SIEMデータを保全する
- レビュー開始は少なくとも2026年10月15日から。可能であれば10月1日まで遡り、失敗認証やボリューム異常を含めて調査する
※編集部の考察:これらの対応項目の中で特に優先度が高いのは「削除前の証拠保全」と「調査起点の日付設定」だ。侵害が確認された場合、最初の衝動として問題アプリを即時削除しがちだが、Microsoftが明示的に警告しているとおり、それは追跡に必要なオブジェクトIDや認証情報の痕跡を失うことを意味する。また調査起点を10月15日ではなく10月1日まで遡ることで、ピーク前の偵察フェーズの活動を捕捉できる可能性がある。インシデントレスポンスの順序と調査窓口の設定は、対応の質を大きく左右する。
Storm-0940のプロファイル
Storm-0940は2021年から活動が確認されている中国国家系の脅威アクターで、業界での別名は現時点では知られていない。標的はデータ窃取目的で多岐にわたり、今回の攻撃では航空宇宙・防衛、自動車、化学、エネルギー、金融、政府、法律、製造、メディア、軍事、半導体、ソフトウェア、テクノロジー、シンクタンク・非営利組織が含まれる。
初期アクセス手法としてはパスワードスプレーとインターネット公開アプリケーションの悪用が定番で、クラウド環境では既存のOAuthアプリへの認証情報追加による永続化を行ってきた。今回はそこにARTEXによる自動化・高速化が加わった形だ。
詳細はAI-driven, large-scale nation-state campaign using ARTEX enables supply chain compromiseを参照していただきたい。