10月23日、madrobot.blogが「Microsoft's AI got 83% of medicine's hardest cases right in a Science study, more than double the doctors' score」と題した記事を公開した。MicrosoftのAI診断システム「MAI-DxO」が医学の難問症例で**正答率83.2%を記録し、教科書・インターネット参照を許可した医師の36.1%**に対して2.3倍超の精度を示した。この結果はScience誌の査読論文として掲載され、実臨床試験への移行も発表されている。
83% vs 36%——数字の意味と前提条件
MicrosoftのAI診断システムMAI-DxO(Microsoft AI Diagnostic Orchestrator)が、医学雑誌『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)』に掲載された難症例304件で**正答率83.2%を達成した。同じ条件で挑んだ医師(プライマリケア医・一般内科医)の正答率は、教科書やインターネット参照ありで36.1%、なしでは22.3%**だった。
タイトルや報道でよく引用される「2倍超」という比較は、参照あり条件の医師(36.1%)との対比に基づく数字だ。参照なしの22.3%と比べれば差はさらに開く。この前提はScience誌の論文本文で明記されているが、見出しだけでは読み取りにくい点は念頭に置いておきたい。
この結果は2026年10月22日付でScience誌に査読論文として掲載された。社内ベンチマークではなく、査読を経た論文という点がこの数字に一定の重みを与えている。
Microsoftはこれを「医療超知性(medical superintelligence)」に向けた一歩と位置づける。この表現はMicrosoft AI CEOのMustafa Suleyman(元DeepMind共同創業者)が掲げる目標だ。ただし「superintelligence」という語の強さについては研究者の間でも賛否があり、論文著者自身も「制御されたベンチマーク設定での結果」と明記している点は後述する。
MAI-DxOの仕組み
MAI-DxOは複数のAIエージェントが「仮想的な医師パネル」として機能する設計だ。各エージェントが診断候補を提案し、追加で聞くべき問診や検査を選択し、数ラウンドにわたって互いの見解に異議を唱える。その際、各検査が診断にどれだけ貢献するかをコストと照らし合わせながら評価する。
ベンチマークにはSDBenchという独自データセットを構築。NEJMの複雑症例に加え、ボストンのBeth Israel Deaconess Medical Centerの救急受診記録データベース「MIMIC-IV-ED」から取得した一般的な救急症例も含む。各症例は患者の短い説明文から始まり、AIも医師も自分で必要な情報を取りに行く形式で、検査を追加するたびに推定費用が積み上がる。
救急症例における正答率は**MAI-DxO 80.3% vs 医師 46.8%**だった。
実態はほぼGPT-5
MAI-DxOの中核はOpenAI GPT-5で動いている。GPT-5単体(オーケストレーションなし)でもNEJM症例で**78.9%**を記録しており、MAI-DxOが上乗せしたのは約4ポイントだ。
コスト数値について補足する。元記事が示す8,409ドルおよび5,431ドルは、1症例あたりのAPI使用コスト(モデルへの問い合わせ費用の合計)であり、医療費や診察料の換算ではない。MAI-DxOのオーケストレーション設計により、GPT-5単体より約3,000ドル(約35%)のAPI費用削減を実現している。
他モデルの単体スコアはGrok 4が76.6%、Claude 4.1 Opusが74.0%、Gemini 2.5 Proが73.0%。オーケストレーターの恩恵は非力なモデルほど大きく、Gemini 2.5 Flashは単体46.4%から**約69%まで伸びた。より新しいGPT-5.5ではMAI-DxOとの組み合わせでNEJM症例約87%**に達している。
予算を1,000ドルに制限した設定では正答率79.6%、平均API使用コスト1,303ドルという結果も示されており、コストと精度のトレードオフが数字で確認できる。
2025年のプレプリントから何が変わったか
Microsoftは2025年6月にこの研究をarXivのプレプリントとして公開していた。当時はOpenAI o3ベースで正答率最大85.5%、比較対象の医師21名(米英)は資料参照不可で正答率20%だった。
公開論文では基盤モデルをGPT-5に変更し、教科書・インターネット参照を許可した医師グループを追加、さらに救急症例を加えた。現在Microsoftが前面に出す「83% vs 36%」という比較は、この条件変更の結果だ。プレプリント時代の「85.5% vs 20%」よりも医師側の条件が公平になっている。
次のステップは実臨床での検証
MAI-DxOはあくまで過去の症例記録でテストされたシステムだ。Microsoftは今後、Beth Israel Deaconess Medical Centerと共同で実臨床試験を計画している。同意した患者が通常の診療を受けながら並行してシステムと対話し、AIの推奨と担当医の独立した評価を比較する設計だ。Microsoft AI副社長でThe Vergeへの取材に応じたDominic Kingは「数か月以内に開始する見込み」と述べた。
Suleyman自身はThe Vergeにこう語っている。
It needs clinical validation. That is a leap, but this is a major milestone along that journey.
(臨床での検証が必要だ。それは大きな飛躍だが、その道のりにおける重要なマイルストーンである。)— Mustafa Suleyman, CEO, Microsoft AI(The Verge)
また、TechCrunchの取材では来年を目標にMayo Clinicと医療特化の基盤モデルを開発中であることも明かされた。SDBenchはNEJM症例の一部についてオープンソース化され、他の研究者も自分のシステムで検証できるようになる。
論文が示す数字は大きいが、比較対象の医師は「単独で作業する一般内科医」であり、実際にこうした希少・難症例を担当する専門医チームとの比較は行われていない。「medical superintelligence」という表現はSuleyman自身が用いるビジョン的な語であって、論文の結論が直接そう主張しているわけではない点も注意が必要だ。査読論文の著者自身も「制御されたベンチマーク設定での結果」と明記しており、実患者への有効性は、進行中の臨床試験が示すことになる。
詳細はMicrosoft's AI got 83% of medicine's hardest cases right in a Science study, more than double the doctors' scoreを参照していただきたい。