10月17日、madrobot.blogが「Claude worked alone for 53 hours and beat the best published quantum circuits」と題した記事を公開した。AnthropicのAIモデル「Claude Mythos 5」が53時間の自律稼働により、これまでに発表された最良の量子回路設計を複数の課題で上回ったという研究成果を詳しく紹介している。
※元記事URLは53-hoursだが、記事内本文リンクに73-hoursを含む別URLが混在していた。本稿では元記事URLの53-hoursを正として統一した。
AIが量子回路設計の最先端を超えた
Anthropicは10月16日付けの研究投稿で、Claude Mythos 5が既存の研究者による発表済み量子回路設計を上回る設計を複数生成したと発表した。対象は8つの回路設計問題で、最大の成果の一つは53時間の単一連続稼働から生まれた。
研究はAnthropicのSTEM Fellows Programを通じてAndi Guが主導し、AnthropicのAI量子物理学者Alek Kemenyと、ハーバード大学のSusanne YelinおよびMikhail Lukin(量子コンピューティング企業QuEraの共同創業者でもある)が参加した。結果はarXivにプレプリントとして公開されており、査読はまだ通過していない。
なぜ量子回路の効率化が重要か
現在の量子コンピュータは数百〜数千量子ビット(qubit)規模にとどまっており、エラーも多い。多くの有用な量子アルゴリズムを動かすには、使用する量子ビット数と演算(ゲート)数の両方を削減する必要がある。
Anthropicが挙げる例が象徴的だ。窒素固定に関わる鉄硫黄クラスター「FeMoco」の量子シミュレーションに必要なコストの高いToffoliゲートの推定数は、2017年の約50兆個から現在は約3億4000万個まで落ちた。約15万倍の削減を、複数の研究グループが8年かけて達成した。
Claudeが挑んだのはこの延長線上にある問題だ。量子回路はコードとして記述でき、その正しさは通常のコンピュータ上で検証できる。Anthropicはこれを利用してクローズドループを構築した。ClaudeがPythonで設計を書き、独立した評価プログラムが「量子ビット数×ゲート数」でスコアを付け、そのスコアをもとにClaudeが次の設計を試みる。人間の介入はなし。
最も技術的に深い成果:divstepsの可逆化
8つのタスクは化学・最適化・物理シミュレーション・数論・数値計算の各領域から取られており、Anthropicによれば7つは量子ビット数・ゲート数の両方を「有意に」削減した。残り1つが最も技術的に興味深い。
対象は楕円曲線上の点加算(elliptic-curve point addition)だ。これは量子コンピュータによる楕円曲線暗号(ECC)への攻撃、具体的には離散対数問題を解くアルゴリズムの核心部分にあたる。最もコストがかかるのは「モジュラー逆元計算」であり、古典的には「divsteps」というアルゴリズムが有効だ。
量子回路では、計算過程で生じた中間状態(スクラッチ)を古典計算のように捨てることができない。これは量子力学の基本原理であるユニタリ性(可逆性)に由来する制約で、分岐ごとの履歴を全て保存しなければならず、量子ビット数の膨張を招く。
Claudeが取ったアプローチは「履歴を保存せず、数値そのものから逆算する」という発想だった。初期のルールは256ビットのフル精度では破綻したため、Claudeは新しい代数的恒等式を自ら導出し、正確な復元ルールを証明し、大規模シミュレーションで検証した上で、定理証明支援系「**Lean**」による形式検証まで行った。Leanとは数学的証明をコンピュータが機械的に確認できる形式で記述・検証するシステムであり、この工程を経ることで成果の信頼性は大きく高まる。
結果として、分岐履歴を一切保存しない初の可逆divsteps実装が生まれた。この設計ファミリーの一つは、従来最小の回路より量子ビット数は12%増だが、ゲート数は17分の1という数字を達成している。ゲート数の大幅削減はこの量子ビット増加を条件としており、単純な「17分の1」として受け取ることには注意が必要だ。
もう一つの成果:デコーダを12分の1に
もう一つの成果は「デコードされた量子干渉計測(decoded quantum interferometry)」における誤り訂正デコーダの改善だ。
Googleの先行回路が用いていたデコード方式をBerlekamp–Massey法に切り替えることで、毎ステップの処理を均一化した。従来は最悪ケースに備えて665量子ビットを確保していたが、Claudeは4億300万サンプルのシミュレーションを実行し、ほぼ全ケースで保存が必要な値が高々1つであることを確認して、19量子ビットに圧縮した。約1万回に1回のエラー率はタスクの許容範囲内に収まっており、ゲート数は12分の1に削減されている。
自律稼働の限界と人間の関与
完全な無人稼働ではなかった点も記録されている。Anthropicのチームは「Claudeが保守的な性格を持ち、慣れ親しんだアプローチを好む傾向がある」として、時折「もっと広く考えるよう」プロンプトを与えたという。
この「AIが自律的に研究を進めながらも、人間の誘導が必要になる場面がある」という構図は、今月ハーバード大学の物理学者Matthew Schwartzが指摘した問題とも重なる。ただしSchwartzのケースとは逆に、今回の問題は「Claudeが新しいことを試みなさすぎる」方向だった。
実用への含意
Anthropicは、同様のクローズドループが将来的にはアルゴリズムからハードウェアまで、特定の問題に最適化した誤り訂正量子コンピュータ全体を設計できる可能性に言及している。
より効率的な量子回路は、実用的な量子計算に必要なマシン規模を縮小し、実現を早める。今回の楕円曲線点加算の効率化はECCへの量子攻撃コストを下げる方向に働くが、現時点でECC破壊が差し迫っているわけではなく、実際の脅威となるには回路効率以外にも大規模なフォールトトレラント量子コンピュータの実現など多くの前提条件がある。今回の成果に対する外部からの独立した検証は、スコアの数字と同等以上に重要になる。
詳細はClaude worked alone for 53 hours and beat the best published quantum circuitsを参照していただきたい。