9月30日、Scientific Americanが「AI has racked up a new math breakthrough, solving a problem of probability theory that one mathematician said would earn a Field Medal.」と題した記事を公開した。Anthropicの大規模言語モデルが、確率論の一分野「パーコレーション理論」における数十年来の未解決問題を証明したことを報じている。
「この問題を解いた人間は、おそらくフィールズ賞を受賞するだろう」——ドイツ・ブラウンシュヴァイク工科大学の数学者Benedikt Jahnelはかつてそう語っていた。フィールズ賞は数学界最高の栄誉のひとつで、4年ごとに開催される国際数学者会議(ICM)で授与される(40歳以下という年齢制限がある)。その問いに、2026年8月、AnthropicのClaudeが証明を打ち立てた。人間の数学者ではなく、AIが——という事実は、数学コミュニティに複雑な波紋を広げている。
パーコレーション理論とは何か
パーコレーション理論は1957年にSimon Ralph BroadbentとJohn Michael Hammersleyが提唱した確率論の一分野で、「ランダムなネットワーク内でどのように接続が広がるか」を数学的に記述する。スポンジに液体が浸透する条件、パイプ網のどこかが繋がりうるか、感染症がどう伝播するか——こうした現象すべてを統一的に扱える理論だ。
理論の中心にあるのが「パーコレーション閾値(p_c)」である。各パイプが確率 p で開いているとき、_p がある閾値 _p_c を超えると、原点から無限に広がる接続クラスタが存在する確率 θ(p) がゼロより大きくなる。_p_c は「有限の孤立ネットワーク」と「無限に連続したネットワーク」の境界を示す値だが、その計算は極めて困難だ。1980年にHarry Kestenが2次元正方格子で _p_c = 1/2 を示して以来、厳密な値が求まった例はほとんどない。
数十年間、誰も解けなかった「移行の連続性」
今回証明された問題は、閾値の値そのものではなく、閾値付近での「移行の連続性」だ。
p が閾値 p_c を超えるとき、_θ(p) はゼロからどのように増え始めるのか——「なめらかに(連続的に)増える」のか、それとも「突然ゼロでなくなる(不連続に跳ぶ)」のかという問いである。1次元・2次元の正方格子や11次元以上の高次元ネットワークではこの移行が連続的であることが数学的に証明されていた。しかし3次元から10次元の正方格子では長らく未解決のままだった。
AnthropicがGitHubで公開した証明は、これらの次元でも移行が連続的であることを示した。数学コミュニティが数十年にわたって「おそらくそうだ」と予想してきたことへの、ようやくの確認である。
なお、この証明がどのようなプロセスで生まれたかについて、Scientific Americanの記事では詳細を報じている。Claudeは完全に自律的に証明を生成したのではなく、研究者との対話を通じて段階的に証明の骨格を構築したとされているが、その具体的な手順については元記事を参照していただきたい。
フィールズ賞を2022年に受賞したフランスの数学者Hugo Duminil-Copinも、この問題に挑んで突破できなかった一人だ。彼は2026年8月30日、自身のブログ「Proofs and Prompts」に「我々の分野で最も有名な予想も、ブルドーザーに踏み潰されるのは時間の問題だ」と書いた。その数日後、Anthropicが証明を公開した。
「複雑な気持ち」——数学者たちの受け止め
Jahnelはこの結果について「複雑な気持ち」と表現する。予想がついに証明されたことへの喜びと、最終的な一手がAIによってもたらされたことへの失望感が混在している、と。
この証明は数学の賞のあり方そのものも問い直している。「フィールズ賞は定理の証明に対して授与されることが多かった。今後、人間がそのリストに名を連ねることがあるのか疑わしい」とJahnelは言う。
Duminil-Copinは批判的な立場を取りつつも、数学的な問いそのものの持つ意義を強調する。
「数学的な問いは、証明を待つ定理以上のものだ。それは夜の灯台であり、数学者が美的・科学的に彷徨う中で、照らし導くものである。」
パーコレーション理論の「聖杯」を探す過程で他の知見が生まれてきた歴史を踏まえ、彼はAI活用が拡大してもそうした副産物的な洞察が失われないことを願っている。Jahnelもこれに同意し、数学者の役割は定理を証明することだけではなく、予想を定式化し、証明を人間の世界に翻訳し、教科書に組み込む営みも含まれると述べた。
AIが「証明する機械」として機能し始めた今、数学という営みの何が人間に残るのか——この問いは、パーコレーション理論の未解決問題と同様、すぐには答えが出ない。
詳細はAI has racked up a new math breakthrough, solving a problem of probability theory that one mathematician said would earn a Field Medalを参照していただきたい。