9月26日、RuntimeWireが「ElevenLabs CEO says businesses should disclose when AI answers calls」と題した記事を公開した。ElevenLabsのCEO Mati Staniszewski氏が「企業はAIエージェントが電話に出ていることを顧客に開示すべき」と主張したこと、および同社の直近の事業規模について詳しく紹介している。タイトルの「ズルい」という言葉が示す通り、この発言が注目される理由はその矛盾めいた構造にある。「見分けがつかないAI音声」を提供している当の企業のCEOが、開示を訴えているのだ。
AI電話の開示義務、音声AIの雄が自ら提言
RuntimeWireによると、TechCrunchのインタビュー(9月24日)でStaniszewski氏は「企業はAIエージェントが顧客の電話に応答していることを明示すべきだ」と述べた。
音声合成・会話AIのプラットフォームを手がけるElevenLabsは、まさにその「見分けがつかないAI音声」を提供している。自然な音声合成技術は自動応答をより使いやすくする一方で、相手が人間かAIかを判別しづらくする。Staniszewski氏はこのトレードオフを認識した上で、現時点では顧客がまだ人間を期待しているため、開示が筋だと主張している。自社製品の普及を促進しながら、その使い方に倫理的な枠組みを設けようとする姿勢は「ズルい」と映るかもしれないが、裏を返せば業界標準を自社に有利な形で先に定義しようという動きとも読める。
ただし、RuntimeWireが紹介するTechCrunchの報道によれば、この立場には時限的な条件がついている。同氏は「人々が自分自身のエージェントを日常的に使うようになれば、その規範は変わるだろう」とも述べており、開示義務をあくまで過渡期の措置として位置づけている。
「30分待つか、AIと今すぐ話すか」
Staniszewski氏がTechCrunchに示した具体的な実装イメージは明快だ。顧客に「30分待てばオペレーターに繋がる、あるいは今すぐAIエージェントと話す」という選択肢を提示する。この選択肢の設計自体がすでに「開示」の一形態であり、同氏によれば多くの顧客がエージェントを選び、その体験に驚くという。透明性と利便性が両立できるという主張を、自社の顧客データで裏付けようとする構図だ。
RuntimeWireはTechCrunchの報道を引きながら、ElevenLabsの顧客事例としてスウェーデンのフィンテック企業Klarnaが米国3500万人の顧客向けの一次電話サポートにElevenLabsを採用していると紹介している。他にDeutsche Telekom、Cisco、Adobeも顧客として名前が挙がった。
ARR 6億ドル、粗利は非公開
事業規模についても注目すべき数字が出た。RuntimeWireによると、Staniszewski氏はTechCrunchに対し、ElevenLabsが年間経常収益(ARR)6億ドルのペースで推移しており、売上の55%超がエンタープライズ向けであると述べた。
ARRの推移をたどると、2025年末時点で3億5000万ドル、2026年初頭4ヶ月で5億ドル超、そして現在6億ドルペースと急速な成長が続いている。成長の速さは際立っているが、収益の質という観点では別の論点がある。
RuntimeWireが紹介するTechCrunchの取材で、粗利の詳細についてStaniszewski氏は明確な回答を避けた。同氏は「節約分を顧客に還元することで製品の価値を証明し市場シェアを拡大できるなら、マージンが下がっても構わない」と述べている。音声AIはモデルの推論コストが重く、利用量の増加がそのまま利益に繋がらない構造を持つ。成長率と収益性の関係は現時点では不透明であり、規模拡大の賭けが正しいかどうかはまだ見えていない。
サプライヤーか競合か、境界線が曖昧に
ElevenLabsが直面するもう一つの構造的な問題が、顧客との競合関係だ。RuntimeWireがTechCrunchを引用する形で紹介しているように、AIカスタマーサポートのスタートアップDecagonがElevenLabsのモデルを使って音声製品を開発した後、独自モデルの開発に移行したという事例がある。Staniszewski氏はモデル・プラットフォーム・アプリケーション各層の境界が「ますます曖昧になっている」と認めており、プラットフォーマーとしての立場と競合としての立場が重なり合う構造的な緊張を抱えている。
製品戦略の面では、ElevenLabsは大企業向けの契約だけでなく、月額29ドルのAI受付サービス「Reception」でSMB(中小企業)市場にも参入済みだ(RuntimeWireが今月初めに報じた)。また、9月には初代最高収益責任者(CRO)としてAshley Kramer氏を採用し、エンタープライズ営業体制の整備も進めている。収益多様化と組織整備を並行して進める局面にある。
220億ドル評価額の出所
RuntimeWireが言及している220億ドルという評価額は、今回のインタビューとは別のタイムラインの話だ。Bloombergが7月2日に「ElevenLabsが220億ドル評価でのテンダーオファー(既存株主からの株式買い取り)交渉中」と報じたものを引用したに過ぎず、取引が成立したかどうかは確認されていない。
直近の公式な資金調達は2026年2月のシリーズD:Sequoia Capital主導で5億ドル、評価額110億ドルである。220億ドルはあくまで未確認の二次市場評価であり、現在の企業価値として確定した数字ではない点は押さえておきたい。
Staniszewski氏の主張の前提は「音声エージェントが十分に便利になれば、開示しても顧客はエージェントを選ぶ」というものだ。ElevenLabsはその仮説を大規模に検証できるプラットフォームを持っている。AI開示を率先して提言する姿勢が業界標準の形成を狙った先手なのか、それとも誠実な問題提起なのか——その問いに対する答えは、同社の製品がどこまで「顧客が自ら選ぶ体験」を実現できるかにかかっている。
詳細はElevenLabs CEO says businesses should disclose when AI answers callsを参照していただきたい。