9月23日、Futurismが「Mathematicians Can't Make Sense of How OpenAI's Agents Solved One of the Toughest Math Problems Because the AI's "Proof" Is Borderline Incomprehensible」と題した記事を公開した。OpenAIのAIエージェント群が数学の難問「ナビエ-ストークス方程式」の解を導き出したものの、その証明が数学者にも解読困難なほど難解であること、さらに「解いた問題が本当に重要なものか」という正当性論争や盗用疑惑まで浮上し、発表の意義をめぐって複数の火種が燻っている。
AIは正しい答えを出したが、解読が追いつかない
OpenAIは今月初め、1万体のAIエージェントを88時間連続で稼働させ、数学の未解決問題のひとつである「ナビエ-ストークス方程式」に対する解を発見したと発表した。
ナビエ-ストークス方程式とは、風や海流といった流体の運動を数学的に記述する方程式で、約200年にわたって実用されてきた。しかしなぜ機能するのかは完全には解明されていない。この方程式を数学的に厳密に証明することは長年の難題であり、クレイ数学研究所は2000年に「ミレニアム懸賞問題」の一つとして認定、解決には100万ドルの賞金が懸かっている。
OpenAIのAIが導き出したのは、流体が無限大の速度まで加速する「ブローアップ(特異点)」と呼ばれるシナリオの存在だ。物理的には起こりえない状況だが、方程式の数学的な限界を示すものとして意義を持つ。
問題は、その証明が人間に向けて書かれていないことだ。
「このAIによる証明から、人間が理解できる知見を引き出すのは今のところ非常に難しい」
— ジェームズ・メイナード(オックスフォード大学数学者)、NPRへのコメント
ブラウン大学のハビエル・ゴメス-セラーノも「この論文は人間向けに書かれていない」と述べ、「大幅な書き直しを経れば分野の助けになるかもしれないが、今日時点ではほとんど何も教えてくれない」と指摘した。数学的な証明の正しさ自体は研究者の間でおおむね認められているものの、解読には「さらに数週間」かかるとされており、現時点では人類の知的資産として活用できる状態ではない。
「解いた問題が違う」という批判も
数学的な正当性はおおむね認められている一方で、OpenAIが解いたのが本当に重要な問題かどうかという点でも疑問が呈されている。
ミレニアム問題では「強制あり(外力あり)」と「強制なし(外力なし)」の2バージョンのどちらかを解けばよいとされている。数学者たちが本来関心を持つのは、重力のような外力なしに、流体内部の力だけでブローアップが起きるかどうかという「純粋な」問いだ。OpenAIの解は外力に依存しており、さらに最近arXivに投稿された数学者による証明では、OpenAIの手法では完全な問題の解決には原理的に到達できないとも主張されている。
「最も重要な問題は未解決のままだ。クレイの問題はクリアされたかもしれないが、ナビエ-ストークス方程式の核心的な問題は解決されていない」
— ルイス・シルベストレ(シカゴ大学数学者)、Scientific Americanへのコメント
盗用疑惑という別の火種
発表の数時間前には、NYU数学者のトリスタン・バックマスター(Tristan Buckmaster)が騒動に火をつけた。バックマスターはナビエ-ストークス問題を長年研究してきた専門家であり、OpenAIの発表内容が自身の研究アプローチと酷似していると主張してOpenAIを批判した。
彼はOpenAIのCodexツールを研究用途で使用していたことを明かしたうえで、その利用を通じて自身の研究ノートの内容にアクセスされた可能性があると主張している。ただし、これはあくまでバックマスター側の主張であり、Codexのアーキテクチャ上どのような経路でそれが起きうるかは元記事でも明示されていない点には留意が必要だ。
また、彼がOpenAIに問い合わせたところ、共同研究者のLevent Alpögeをクレジットから外す代わりに自身を論文に記載すると提案されたと主張している。なお、元記事ではAlpögeがAnthropicに所属すると紹介されているが、なぜAnthropicとの関係が文脈上重要かについては詳細が示されていない。
OpenAIは不正アクセスの疑惑を否定しつつも、「ユーザーの使用データから派生した匿名化情報がモデル改善に使われた可能性は排除できない」と認めた。
何が残ったか
AIが出した「正解」を人間が理解できないという構造的な問題は、AI×数学研究の今後を考えるうえで重い課題を提示している。証明の正しさは認められつつも、問題設定の妥当性をめぐる論争、そして研究倫理上の疑惑が重なり、この発表が学術的な成果としてどう評価されるかは、現時点では結論が出ていない。