9月20日、Mixed Newsが「GPT-6 Astra cracks a 1941 Enigma message that had resisted solution since 2005」と題した記事を公開した。OpenAIのGPT-6 Astraが2005年以来誰も解読できなかった1941年のエニグマ暗号文を解読したと報告する内容だが、モデルがどこまで自律的に動いたかについては関係者間で証言が食い違っており、その点を踏まえて読む必要がある。
「誰がどこまでやったか」で証言が食い違う
最初に押さえておくべき重要な留保がある。今回の報告で最も議論を呼んでいるのは、モデルの自律性の度合いだ。
モデルを実行したCarter LefenはXへの投稿とケーススタディを公開しているが、ケーススタディでは「研究者主導の調査にGPT-6 Astraと並列エージェントを活用した」「研究者が目標を設定し調査を推進した」と記している。
一方でエニグマ研究者Frode Weierudの証言はモデルにより多くの功績を帰している。彼によれば、Lefenはモデルに対してサイト上の未解読メッセージを試すよう指示しただけで、GPT-6 AstraがMVUEHを選択し、関連メッセージとの接点を見つけ、クリブを選び、シミュレーターを書き、解読まで「完全に単独でやり遂げた」という。
LefenのX上の投稿自体はWeierudの証言に近く、歴史アーカイブの検索、不確かな文字の比較、シミュレーター構築、平文の復元をモデルが「自律的に」行ったと列挙している。
公開されているケーススタディ・投稿・第三者証言のあいだで記述が一致しておらず、自律性については確定的な結論を出しにくい状況にある。この前提を踏まえた上で、以下に解読の経緯を紹介する。
約21年間誰も解けなかった82文字の暗号
解読されたのは、1941年7月10日付のドイツ陸軍エニグマ暗号文で、インジケーター「MVUEH」として知られるものだ。エニグマ研究者Weierudが運営する研究サイトCryptoCellarに「未解読メッセージ」として掲載されており、2005年以降すべての解読試みに耐えてきたと記されている。記事公開時点(2026年9月)では約21年が経過しており、長期にわたって未解決のままだったことになる。
暗号文は82文字。解読されてみれば内容は拍子抜けするほど地味だ。「行軍ルートを指定されたい。私はロゼノウ、ロゼノウにいる。無線で至急返信を」という短い要請で、送信者はWaschbuschと読まれている。
使用されていた鍵設定は、エニグマIと反射板B、ローター順II-V-III、リング設定H-M-F、プラグボード10ペアの組み合わせだった。Weierudによれば「同じ7月10日の他の鍵とは完全に異なる」設定で、既知のデイリーキーが機能しなかった理由の一つはここにある。さらに、暗号文の書き起こしに複数の誤りが含まれていたこと、そして72文字目でローターの繰り上がりが発生するという稀なイベントが重なり、解読を困難にしていた。
突破口はクリブとエニグマシミュレーター
解読の鍵になったのは「クリブ(crib)」という手法だ。クリブとは、暗号文に含まれると推定される平文の断片を仮定し、その位置と内容を手がかりにローター設定やプラグボード接続の候補を絞り込む古典的な暗号解析技術を指す。第二次世界大戦中、アラン・チューリングらブレッチリー・パークの暗号解析チームが開発した機械式解読装置「ボンベ(Bombe)」でも中核的な手法として使われた。ボンベはエニグマの設定候補を高速に検証するために設計された電気機械式装置で、チューリングがポーランドの先行研究を発展させる形で実用化したものだ。
今回、同じ日に送られた別のメッセージ「SIPVX」が2017年に解読済みで、その内容に「ROSENOWROSENOW」という地名の繰り返しが含まれていた。この14文字をクリブとして使い、候補設定を絞り込んだ。ケーススタディでは「SIPVXの既知テキストがクリブ選択の動機になった。盲目的な予測ではない」と明記されている。
GPT-6 Astraはこの過程でPythonとC++を使って独自のエニグマシミュレーターとボンベソフトウェアを実装し、ロゼノウ探索の全4万3,016バッチを処理した。
検証は通過、ただし主張は慎重
Weierudは9月15日に詳細を受け取り、「正しい鍵と平文を発見したことはすぐに明らかだった」と述べ、サイトに「Breaking news」として掲載した。個別実装での再現も確認されている。
ケーススタディ自体も過剰な主張を避けており、「これはエニグマの初解読ではなく、全体的な突破口でもない」と明示している。
この成果はOpenAIが発表したものではなく、一ユーザーによる検証だ。OpenAIのGPT-6 Astra発表はコンピューター操作、科学、サイバーセキュリティへの応用を訴求しており、ChatGPT Plus・Pro・Business・EnterpriseおよびAPIで提供予定とされている。
老練な暗号解析者であるWeierudは、自身が数週間かけて調査したアーカイブファイルをモデルが参照していたことに触れた上で、「いまだに畏敬の念を禁じ得ない」と述べている。
詳細はGPT-6 Astra cracks a 1941 Enigma message that had resisted solution since 2005を参照していただきたい。