9月21日、IBMが「New IBM CHRO Study: AI Puts Critical Thinking at the Center of Workforce Priorities」と題した記事を公開した。**CHROの71%が「AIの出力を監督・検証・上書きする能力」を最重要スキルと位置づけているのに対し、従業員でそれを重要視するのはわずか29%**。このギャップこそが、AI時代の組織運営における最大の課題として浮上している。
「AIの出力を監督・検証・上書きする能力」が最重要スキル
IBMのビジネス価値研究所(IBM Institute for Business Value:IBMが経営・テクノロジー領域の調査・分析を行う研究機関)が、Oxford Economics(英国拠点のマクロ経済調査機関)と共同で、世界1,500人のCHRO(最高人事責任者:Chief Human Resources Officer)と8,800人の従業員を対象に実施した調査の結果が公開された。調査期間は2026年4月〜6月。
冒頭に挙げた**71% vs 29%**という数字が示すギャップは、単なる認識のズレ以上の意味を持つ。AIが業務判断を下す場面が増えるほど、人間側にはその判断を批判的に評価・修正する能力が求められる。ところが現場の従業員の多くは、その重要性をまだ十分に認識していない。経営層が「次に必要なスキル」と定義しているものを、当の従業員が自分事として捉えていない状況は、企業のAI戦略において見落とされがちなリスクである。
従業員の6割が「AIによってスキルが侵食されている」と感じている
調査では、従業員の60%がスキル侵食を懸念しており、その中でも「クリティカルシンキング(批判的思考)の低下」が最も多く挙げられた。さらに、スキル侵食を心配している従業員の4人に3人は、AIがすでに自分のスキルの一部を侵食し始めていると回答している。
CHROが重要と考えるスキルのランキングでは、クリティカルシンキング・問題の整理(57%)、人間的な判断力(48%)が上位に並ぶ。皮肉なことに、現場が「AIに奪われている」と感じているスキルと、CHROが「最も必要」と考えるスキルが一致している。つまり、AIが削っているものとAI時代に必要なものが同じという逆説的な状況が生まれている。
また、判断力を業務プロセスに組み込んでいる組織では、CHROの62%が「従業員のAI判断に対する信頼感が高まっている」と回答。逆に組み込んでいない組織では、57%が信頼感の低下を報告している。
AIのミスは誰の責任か
責任の所在の曖昧さも大きな問題として浮上した。
- 従業員の43%が「AIで何か問題が起きたとき、自分に責任が押しつけられる」と感じている
- CHROの41%が「従業員はAIの出力に異議を唱えたり上書きしたりすることに安全を感じていないかもしれない」と懸念している
この数字が示すのは、技術的な問題ではなく組織文化の問題だ。AIの推奨に疑問を呈することが「余計なこと」として扱われる空気がある職場では、誤った判断がそのまま通過するリスクが高まる。
一方、CHROが「どの意思決定を人間主導にするか」の責任を少なくとも共有している組織では、従業員の**76%**がAIの推奨に疑問を呈したり上書きしたりすることに安全を感じると回答。HRが単なる諮問的立場にとどまる組織での43%と比べ、大きな差がある。
ベネット・コールマン社のCHRO、Amit Das博士はこう語っている。
「AIに流暢であっても判断力が伴わなければ、組織が間違いをより速く犯す手助けをするだけだ。」
「見えない仕事」の増加と、HR自身のAI活用の遅れ
AIが生産性を高める一方で、CHROの80%が「AIの推奨の検証、ミスの修正、例外処理など、従業員に"見えない"追加業務が生まれている」と回答。従業員の42%も「AIによって仕事が増えているか、その仕事が評価されていない」と感じている。
こうした「見えない仕事」は、表面上の生産性指標には現れにくい。AIツールの導入効果を測定する際に、このオーバーヘッドをどう評価に組み込むかは、今後の組織設計における重要な論点となるだろう。
さらに皮肉な実態もある。AI変革をリードすることが期待されるHR部門自身のAI活用が大幅に遅れている。組織の72%がHR部門内でAIをほとんど、または全く活用していない。CHROはHRチームのAIリテラシー(13%)、AI成果測定(16%)、AI導入のための変革マネジメント(20%)を特に低く自己評価している。変革を主導する立場の部門が変革の遅れている部門でもあるという現実は、組織全体のAI成熟度を考える上で見過ごせない。
CHROがAI戦略に関与していない組織が約半数
もう一つ見逃せない数字がある。組織の46%がAI戦略の策定にCHROを関与させていない。また、73%のCHROが経営幹部間での一貫した連携に苦労していると回答している。
ワークフローを「人間主導」「AIアシスト」「AI実行」のいずれかに明確に定義している組織では、リスク18%削減、品質20%改善という結果が報告されている。組織設計の明確化が具体的な成果に直結していることを示すデータだ。
HRのAI活用が成熟している組織(ガバナンス、アーキテクチャ、測定指標を備えた組織)は、ポジティブなビジネスKPIを多く達成している割合が約2倍に上る。
詳細はNew IBM CHRO Study: AI Puts Critical Thinking at the Center of Workforce Prioritiesを参照していただきたい。