9月21日、Natureが「AI co-scientists are revolutionizing how research is done」と題した記事を公開した。この記事では、AIが仮説生成・文献調査・データ解析を担う「AI共同研究者」が科学研究の現場をどう変えつつあるかについて詳しく紹介されている。
700本の論文を精査し、108の戦略を生成——MYC標的化の逸話
記事の核心にあるのは、ホワイトヘッド生物医学研究所(マサチューセッツ州ケンブリッジ)の博士課程研究員Anna Pertlが行った実験だ。
がんの多くで暴走するタンパク質「MYC」は、長年にわたって創薬ターゲットとして狙われてきたが、これまでの攻略アプローチはことごとく失敗してきた。Pertlは、GoogleのAI研究支援システム「Co-Scientist」に対し、MYCを制御するタンパク質クラスター(凝縮体、condensate)を利用した非自明かつ実用的な攻略法を尋ねた。
ただし、最初から話は順調には進まなかった。Pertlと同僚のKalon Overholtは、Co-Scientistがクラスターを「薬の標的」ではなく「薬そのもの」と誤解したり、すべてのクラスターが遺伝子発現を活性化すると思い込んでいたりと、約1時間かけて質問の前提を修正する作業が必要だった。
前提を正しく理解させた後、Co-Scientistは一晩かけて700本超の論文を精査し、108の戦略を生成。そのうち実行可能と判断したのは1つだけだった。
その戦略は、研究室のこれまでの方向性を逆転させるものだった。既存アプローチが「凝縮体を溶かして無効化する」というものであるのに対し、Co-Scientistが提案したのは「凝縮体を固めて機能を止める」という逆の発想だ。「クリックケミストリー」と呼ばれる分子結合技術を使い、MYC遺伝子を活性化または抑制するタンパク質群を一塊にまとめ上げ、連鎖反応を引き起こしてDNAが読み取れない状態にする——という機構だ。
DNAとその周辺タンパク質が液体から固体へ相転移(phase transition)することは既知の現象だったが、それをがん遺伝子の抑制に利用するという発想は前例がなかった。「概念的に非常に説得力がある。我々はこんなアプローチを考えたことすらなかった」とOverholtは述べている。
「100メートル競走の30メートル地点からスタートできる」
Co-Scientistの活用事例はこれだけではない。すでに白血病細胞を培養皿内で死滅させる薬剤の組み合わせの発見や、疾患で損傷した肝組織を再生させる治療法の特定にも使われている。
インペリアル・カレッジ・ロンドンの微生物学者José PenadésとTiago Costaによる検証実験は、AIの能力を端的に示す事例だ。彼らはAIに未公開の実験データを与えず、公開文献・データセットのみから「細菌間DNAの水平伝播(horizontal gene transfer)メカニズム」——種の壁を超えて遺伝子が直接受け渡される現象——を推論させた。Co-Scientistが出した結論は、研究者らが何年もかけて導き出した理論——「細菌のDNA因子がウイルスの部品を借用して遠縁の宿主間に拡散できる」——とほぼ一致した。所要時間は約2日間だった。
「AIアシスタントがあれば、100メートル競走を30メートル地点から始められる」とCostaは表現している。
「信頼、しかし検証」——AI活用の前提条件
こうした成果が積み重なる一方で、記事は重要な留意点も指摘している。
UCバークレーでゲノム編集を研究するFyodor Urnovは、FutureHouseが開発する研究支援プラットフォーム「Kosmos」の早期利用者の一人だ。FutureHouseは、複数のAIエージェントが文献調査・仮説生成・実験計画を分担しながら協調して科学的問いに取り組むシステムの開発を掲げる非営利組織であり、Kosmosはその中核プラットフォームに位置づけられている。Urnovは、1980年代の米ソ核軍縮交渉で広まったフレーズを引用してAIとの関係を説明する。
「[Kosmos]との関係は、あのレーガン=ゴルバチョフの格言そのものだ——『信頼、しかし検証(Trust, but verify)』」
— Fyodor Urnov(UCバークレー)
AIが出す結論はしばしば説得力があるが、前提条件の誤読やデータの取り違えが静かに結果を歪めることがある。Pertlの事例でも、前提修正に約1時間を要したように、研究者側の能動的な関与と批判的検証がAI活用の大前提となる。
問いの質がアウトプットの質を決める
「AI共同研究者」が有効に機能するかどうかは、研究者がどれだけ良い問いを立てられるかにかかっている、と記事は強調する。
FutureHouseとスタンフォード大学の分子遺伝学者Philine Guckelbergerは、遺伝子制御に関わる分子コンタクトの大規模データセット(3000万行規模)をKosmosに与え、「人間が見落としそうなパターンを探せ」と指示した。ただし最初、Kosmosはデータのラベリングを誤読してある列を無視していた。修正後、システムはがん細胞に予想外のパターンを発見し、独立データセットでも確認できた。「加速が半端ではなかった」と彼女は言う。
スタンフォードの計算機科学者Kyle Swansonは、学術向けAI研究支援プラットフォーム「Virtual Lab」の開発者の一人でもあるが、こう指摘する。「問いが雑なら、答えも雑になる。本当に良い問いを立てなければならない」
人間の判断力が「希少資源」になる時代
Co-Scientist以外にも、Anthropic、OpenAI、FutureHouse、Phyloなど複数の組織がAI研究支援システムを開発・展開している。これらのシステムに共通するのは、複数のAIエージェントが異なる角度から同じ問いに取り組み、相互作用から新たな接続点を見出すアーキテクチャだ。Co-ScientistはGoogleが開発・提供するシステムであり、Kosmosと同様に「エージェント同士の議論と相互批評」を通じて仮説の精度を高める設計を採っている。
トロント大学ロットマン経営大学院の経済学者Ajay Agrawalは、AIが研究の多くを担うようになる中で「最も価値があるのは問いを立てること自体だ」と指摘する。
一方でKing's College Londonの生物医学計算研究者Hector Zenilは、別の問題を提起している。AIが生成したアイデアの妥当性を判断するには、以前より深い専門知識が必要になる。だが、AIが実務を肩代わりするほど、若手研究者がその知識を身につける機会が減る。
「全体像を理解する人間スキルを持つ研究者は、これまで以上に価値を持つようになる」とZenilは結論づけている。
詳細はAI co-scientists are revolutionizing how research is doneを参照していただきたい。