9月16日、Computer Weeklyが「Why Thomson Reuters developed its own proprietary AI model」と題した記事を公開した。Thomson Reutersが汎用LLMではなく独自開発の専用LLMを選択した意思決定の経緯と、その技術・コスト面の実態について詳しく紹介されている。
「汎用モデルは我々のユースケースに合わない」
Thomson Reutersは、社内開発の独自LLMを発表した。OpenAI、Anthropic、Google、Metaといったテック大手が数十億ドルを投じて汎用モデルを開発し続けるなか、法律・税務情報という特定ドメインを主戦場とする同社が独自モデルの開発を選んだのはなぜか。
同社COO(最高業務責任者)のKirsty Roth氏はその理由を明快に説明する。
「大手テック企業は、汎用ユースケースでは常に我々より優れているだろう。しかし我々が事業を展開しているのは、法律や税務といった非常に特定性の高い領域であり、そこは大手LLMが注力している場所ではない。」
法律・税務の分野では、「だいたい80%正しい」では商品として成立しない。Roth氏は「顧客が求めるのは99.9%の精度だ。80/20の回答は受け入れられない」と明言する。汎用モデルが得意とする「幅広いユーザーへの広範な回答」と、同社の顧客が求める「専門領域における高精度な回答」は、そもそも要件が異なる。
※編集部の考察:2025〜2026年にかけて、金融・法律・医療など高精度が求められる垂直領域での専用LLM開発の動きが加速している。Bloombergが金融特化モデルBloombergGPTを発表して以降、ドメイン特化モデルの有効性は業界で広く認識されつつあり、Thomson Reutersの判断はその流れに沿ったものといえる。
Safe Sign Technologies買収と$40Mの開発コスト
独自LLMの開発は一夜にして実現したわけではない。Thomson ReutersはUKのAIスタートアップSafe Sign Technologiesを買収し、法律特化モデルの知見を獲得した。Safe Signが持つ「法律×AI」の専門性と、Thomson Reutersが長年蓄積してきた独自コンテンツを組み合わせることがモデル開発の核心にある。なお、買収の具体的な時期については元記事に明示がなく、本記事では確認できた事実の範囲のみを記載する。
コスト面の実態も具体的に公開されている。Thomson Reutersはオープンソースのモデルを基盤として採用しつつ、トレーニングに4,000万ドル(約60億円)を投資した。Roth氏が示したコスト感覚は生々しい。
「1回のトレーニングランだけで40万ドルかかる場合もある。そのためコストがすぐに桁違いになる。トレーニング自体は他社のクラウドリソースを使っているからだ。」
現時点でモデルのトレーニングが完了しているのは、Thomson Reutersが保有するコンテンツのうち10%未満にすぎない。今後のバージョンで段階的にデータを追加していく方針だ。
独自モデルがもたらす3つの優位性
Roth氏は独自LLMを持つことの利点として、主に以下の点を挙げている。
1. 推論コストの削減と低レイテンシ
汎用の大規模フロンティアモデルと比較して、同社の独自モデルは規模が小さく検索範囲が絞られているため、応答速度が速く、運用コストも低い。外部ベンダーの利益率に左右されない点も大きい。
2. データの信頼性とサプライヤーロックインの回避
法律・税務領域において「世界最高水準のコンテンツソース」と自社が評価するデータでトレーニングしており、サードパーティへの依存を排除できる。
3. 参入障壁の形成
「同じデータを使って他社がモデルをトレーニングすることは極めて困難だ」とRoth氏は言う。顧客がすでにThomson Reutersのコンテンツを購入している事実自体が、そのデータの価値を証明している。
最初のデプロイ先:CoCounsel Legalの「Tabular Analysis」
独自モデルの初の実用展開先は、法律専門家向けAIアシスタント「CoCounsel Legal」内のTabular Analysis機能だ。大量の文書を対象にデューデリジェンスを行う弁護士が、文書群の全体像を素早く把握し分析に入るためのユースケースに使われている。
開発速度への影響についても言及があった。「今やAIにコードベースの大部分を書かせることができる。リリースのペースが大幅に上がっている」とRoth氏は述べる。一方で「そのペースはさまざまな影響を伴い、全チームの作業量が増える」とも付け加えており、手放しの楽観ではない。
外販の可能性と「誰でも真似できる話ではない」という現実
現時点で独自モデルは社内エンジニアが製品開発に使う内部基盤だが、将来的には外部企業への販売も視野に入る。Roth氏は「相当な引き合いがある。動向を注視してほしい。ただ現時点では販売していない」と述べるにとどめた。
他のCIO・CTO層が同様の意思決定をすべきかという問いに対しては、明確に留保をつける。
「自社が保有するデータが競争優位性をもたらすと信じられなければ、莫大なコストをかけて既存のものより劣るモデルを作るだけになる。商業的な差別化要因がなければ意味がない。」
独自LLM開発は「データ資産のある企業の選択肢」であって、全企業に推奨できる戦略ではない、というのが同社の率直な見解だ。
詳細はWhy Thomson Reuters developed its own proprietary AI modelを参照していただきたい。